自由研究発表障害(児)者福祉7  山岸 倫子

当事者概念の再検討
-当事者中心の福祉のあり方にむけて-

京都立大学大学院  山岸 倫子(会員番号5811)
キーワード: 《当事者》 《障害の構築》 《主体化》

1.研 究 目 的

日本においては、1970年代からいわゆる当事者による障害者運動が活発化し始め、福祉に対する「当事者」の主張が、展開されるようになってきた。また、90年代からは、福祉全体の流れとして、利用者本位、当事者主体などといった言葉のもと、これまで見落とされてきた「福祉の対象者」の主体性の尊重が叫ばれた。このように福祉における「当事者」の存在の重要性が、様々な次元で指摘されるようになり、現在に至っている。
  しかしながら、「当事者」という概念についての研究は少なく、日常会話のレベルから、実際の「障害当事者運動」、理論レベルにいたるまで、「当事者」についてのコンセンサスはない。本研究では、「当事者」という用語が特に頻繁に使用される障害者運動に注目し、「当事者」概念に検討を加えることで、「当事者」という語が使用される意義と課題を明らかにすることを目的としている。

2.研究の視点および方法

「当事者」概念についての理論的な先行研究及び、現在の「当事者運動」における使用のされ方について整理し、分析を行う。その分析に基づき、「当事者」概念を使用することの意義及び課題について明らかにする。
  本研究が立つのは、当事者が主権者であるべきであり、そのことが、福祉サービスの効率的な供給につながるという中西・上野(2003、2008)の主張に賛同的な立場である。

3.倫理的配慮

特になし

4.研 究 結 果

「当事者」には、一つの事象についてすべての人が何らかの形で関与しているという意味での広義の当事者と、その事象についての特定のかかわり方にのみ着目した狭義の当事者がある。前者の当事者概念を使用するものは、後者のもつ「限定性」からくる弊害に批判的ではある(豊田 1998など)。しかし、これら二つの立場には、「障害」の構築性に焦点を当てているという共通項が見られる。「障害」が構築されるものという観点から、以下、当事者概念を使用する意義及び課題について列記する。
<意義>
・ 法令上の障害者及び障害者役割からの脱却
・ 法令上の健常者の対象化
・ 当事者の主体化の促進
・ 当事者同士の連帯を促進
・ 当事者の様々なバリエーションを担保し、連帯を促進
<課題>
・ 潜在的なニーズへの対応
・ 当事者の固定化
・ 当事者の無限の拡張による政治力の低下
・ サブシステムの必要性
  障害者領域において、日常的に使用されている当事者概念とは、現行では、法令上の障害者と近似のものである。しかし、それは、障害の構築の状況(ニーズの解消の度合い)等によって常に可変的なものであり、当事者に含まれる内容もまた、可変的である。また、当事者概念は、「障害者」という用語よりも、柔軟にその変動に対応できる。
  「障害者」という立場や役割を固定化せず、脱構築の可能性を担保するための用語として、「当事者」概念が機能しており、そのことによって上記の意義がもたらされている。
  しかし、他方で、「当事者」概念の使用についての課題も浮かび上がった。これらの課題は、障害者にとってのリスクでもある。特に当事者の固定化は、豊田(1998)で批判されるように、社会で共有すべき問題を、法令上の障害者のみに閉じ込めてしまいがちである。

参考文献:
宮内洋・今尾真弓編著(2007)『あなたは当事者ではない-<当事者>をめぐる質的心理学研究』北大路書房豊田正弘 「当事者幻想論」(『現代思想』1998年2月号 特集 身体障害者)
上野千鶴子・中西正司(2003)『当事者主権』岩波書店
上野千鶴子・中西正司編(2008)『ニーズ中心の福祉社会へ-当事者主権の次世代福祉戦略』医学書院

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