自由研究発表障害(児)者福祉7  林 幹泰

なぜ1型糖尿病者の社会的障壁は認識されにくいのか
-「当事者」の語り及び1型糖尿病に関する言説を手がかりに-

○ 杏林大学  林  幹泰(会員番号5826)
杏林大学  加藤 英世(会員番号6111)
キーワード: 《当事者》 《無力化》 《言説》

1.研 究 目 的

1型糖尿病は、血糖の上昇を抑える唯一のホルモンであるインスリンが絶対的に不足する疾患である。そのため、インスリンを体外から直ちに補わなければ、数日から数ヶ月の間に死に至る。インスリンがカナダで発見された1921年以降は自己注射法が普及し、現在ではインスリン注射が行える環境さえ整えば健康な生活が送れるといわれている。しかし、日本の場合、自己注射が健康保険適用されたのが1981年とインスリン発見から60年のタイムラグが存在する。この事態に対して日本糖尿病協会で2000年まで理事長を勤めた医師、後藤由夫は、「日本糖尿病学会ではインスリン自己注射の問題を20年以上も政治と役所の問題として放ってきたことは、この目的を見失って懸命の努力をしなかったことであり、どれくらい多くの小児がインスリン注射ができずに亡くなったかと思うとまことに申し訳なかったと思っている。」と記している。
  さらに自動車普通免許取得の欠格条項問題、就学・就労差別問題、障害認定や難病認定対象外疾患であり続け社会福祉援助の対象とならない問題、混合診療問題などが存在している。以上のような問題背景をふまえ、本研究では、1型糖尿病を巡る言説や当事者の語りを手がかりに、当事者が直面しているディスアビリティ・社会的障壁が不可視化されている要因分析を行った。

2.研究の視点および方法

今まで1型糖尿病者はソーシャルワーク研究や実践においても関心の埒外であった。制度と制度の狭間であるがためその存在が認知されていない人たちに光を当てることは、人権と社会正義を拠り所とするソーシャルワーク研究や実践が本来追求すべきことであると発表者は考え研究へと至った。
  研究方法は、1型糖尿病者へ実施したインタビュー(2005年から継続中)や新聞記事、メーリングリストでの1型糖尿病に関する言説や当事者による「語り」や低血糖昏睡事件による新聞報道などの言説分析を行い1型糖尿病者が直面しているディスアビリティ・社会的障壁が非当事者に伝わらない要因について考察を行った。

3.倫理的配慮

本研究は個人情報を取り扱う機会が多い。そのため、基本的には日本社会福祉学会研究倫理指針に従い研究を実施した。また、必要に応じて当時在籍していた法政大学大学院の倫理審査委員の判断を仰ぎ、個人情報の取り扱いについては細心の注意を払った。

4.研 究 結 果

さまざまな言説を分析した結果、1型糖尿病者の社会的障壁が認識されにくい要因について6点の仮説を抽出した。つまり、「自己責任論」「体力的・精神的な消耗が認識されにくい」「医学モデル視座による当事者内での差別化による当時者内での異議申し立て内容の不一致」「1型糖尿病者の病態の多様性」「医療専門職とのパワーインバランス」「健常者としてのアイデンティティの呪縛」の6点であった。 「自己責任論」とは、糖尿病の場合、2型糖尿病が生活習慣病と名づけられているために非生活習慣病である1型糖尿病者がその社会的障壁について異議申し立てを行ったとしても生活習慣病=自業自得と解釈され、1型糖尿病者の主張が入り口の段階でシャットアウトされるという要因である。「体力的・精神的な消耗が認識されにくい」とは、見た目では、そのインペアメントの「しんどさ」が第3者に認識されにくいため、社会的障壁を第3者に伝えることが、困難であるという要因である。 「医学モデル視座による当事者内での差別化による当時者内での異議申し立て内容の不一致」とは、当事者コミュニティ内で、病気の「重い」・「軽い」の基準を体内で作られているインスリンの多寡を示す医学的指標(c-ペプチド)で、評価するケースが多く見られ、結果「1型糖尿病者」の異議申し立ての内容の不一致を招くという要因である。「1型糖尿病者の病態の多様性」とは、以前は、小児糖尿病という通称が流布していたように、1型糖尿病は小児発症の病気という認識をされていたが、最近では、成人にも同じような頻度で発症するとの報告もされている。 また、2型糖尿病のような症状から数年後に1型糖尿病の症状に変化していく、SP(slowly progressive)1型糖尿病や突然1型糖尿病の症状に陥る、劇症型1型糖尿病など、同じ「1型糖尿病」でも、さまざまな発症年齢や病態が存在し、異議申し立ての一致を見ないという要因である。「医療専門職とのパワーインバランス」とは、病院経営上の都合などで診療報酬制度上では本来必要十分量支給されるはずの資材などが十分支給されない問題。医師の指示が現代の医療の水準からすると明らかに間違っていたとしても他の治療環境を経験していない当事者にとってはそのこと自体が問題として自覚しにくく不適切な医療環境を受け入れてしまうという要因である。 「健常者としてのアイデンティティの呪縛」とは、血糖コントロールさえ取れれば、健常者と同等あるいはそれ以上の成功がもたらされるというドミナントストーリーが存在しその結果、当事者及び関係者に1型糖尿病者は社会的障壁に直面している「障害者」としてのアイデンティティが受け入れにくいという要因である。1型糖尿病者は、社会的障壁を認識し、社会へ異議申し立てしていく中で、これらの要因に阻まれ、次第に体力、精神力が奪われてしまい、無力化される。その結果として社会的障壁が第3者へ不可視化されたまま社会問題化されずに放置され続けるという悪循環が見て取れた。

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