自由研究発表障害(児)者福祉6  森口 弘美

障害者福祉における社会資源づくり運動の再編のあり方
-社会的企業論をもちいた分析をとおして-

同志社大学大学院  森口 弘美(会員番号4484)
キーワード: 《社会運動》 《社会的企業》 

1.研 究 目 的

我が国においては成人後の障害のある人、とりわけ知的障害のある人たちの養護学校卒業後の受け皿が少ないなか、家族や支援者らの運動によって福祉的就労の場や入所施設といった社会資源が作られてきた。法定外であるにも関わらず全国に広がった小規模作業所はその典型的な例であり、なかには法定内の福祉的就労の場(旧法では授産施設が該当)に移行したものも少なくなかった。このことから現行制度のもとで障害者の日中活動を支える事業体の多くは運動によって作られ発展してきた経緯があると言える。
  2006年に施行された障害者自立支援法によって、法定外施設であった小規模作業所に法定内事業への移行の道が開かれ、半数以上が法内事業に移行したとされている(社会保障審議会障害部会平成20年第43回資料)。このことは運動を推進してきた団体にとって法定化という目標が一定程度達成されたことを意味しているが、「法定事業の無認可化」(きょうされん2006)と評されることもあるように十分な目標達成と言える状況ではない。
  本稿はこのような社会資源づくりの運動によって創出された事業体において、不十分な制度化によって運動的側面が弱くなりつつあることを問題とし、法定内事業へ移行後の事業体が運動的側面をどのように再編していくことができるかを検討するものである。

2.研究の視点および方法

社会資源作りの運動を社会運動と捉えると、法定化をはじめとした制度の改革をめざす「制度変革」の側面と、運動に関わる家族や障害当事者等が運動の担い手としてのアイデンティティを確立していく「自己変革」の側面があると言える。発表者は、どのような社会資源であれ、制度を単に運用して事業を行うだけでなく、制度や地域の変革を働きかけそのことをとおして実践者自身が成長していくことが社会福祉実践であるとの立場にたつ。よって、法定内事業への移行を経た事業体が、前身団体がもっていた運動的側面を再編して活かす方策を検討することには意味があると考えている。
  社会的企業論は、米国においては社会的企業家に着目し経済的な成功の如何を指標の一つとする議論が展開されているのに対して、EUでは利益の分配よりもステークホルダーの参加を重視し、オルタナティブな経済を創出しようとする連帯経済や社会的経済と関連させた議論が展開されている。本稿ではEUにおける社会的企業論をもちいて、法定内事業への移行後の運動体としての再編のあり方を検討した。

3.倫理的配慮

他説の引用に際しては、自説と他説の峻別を明確にするとともに、引用元および参考文献を明記する。また、考察に際して使用した資料については引用元を明記するとともに、フィールドから得た情報を参考事例として紹介する場合には匿名性に配慮する。

4.研 究 結 果

1)社会的排除の解決というミッション
  藤井は、EMES(欧州社会的経済研究ネットワーク)が社会的企業を「社会的企業を社会的排除の解決に携わる組織として捉えている」ことを紹介している(藤井2007)。
  障害者の社会資源作りの運動を社会運動として捉えるなら、本来は運動に参加している一部の障害のある人の保護を目的とした運動ではなく、地域の課題を解決するための運動であったはずである。制度上は障害者が利用する事業体であっても、制度の隙間にある社会問題の発見と解決に取り組み続けることが「制度変革」の側面の維持につながり、ひいては「自己変革」の契機を孕む場として機能し続けることにつながると言える。
2)ステークホルダーの参加の重視
  藤井は、EMESが「社会的企業の所有構造を論じる際に、マルチ・ステークホルダー(あらゆる利害関係者)の参加した所有構造を重視している」ことを紹介している(藤井2007)。
  障害者の社会資源作り運動においてマルチ・ステークホルダーとしては障害のある利用者やその家族、ボランティアや地域住民などが該当する。事業体が彼らをサービス提供の対象としてのみ捉えるのではなく地域社会を共に創造する協働者として位置付けることが、制度をただ運用するだけの事業体にならないための方策として有効だと考えられる。
3)オルタナティブな経済の創出という視点
  EUで展開されている社会的企業論には市場の論理を相対化する視点がある。我が国の障害者福祉を省みれば、障害者自立支援法のもとで雇用就労の促進が強化され、就労継続支援を行う事業体においても工賃水準の引き上げが課せられている。障害者の就労や収入を確保することは社会参加のための有効な方法のひとつであるが、その取り組みが「新自由主義的な市場展開の『補完物』に転化しない」(田中2006)ことも重要な視点である。すなわち、利用者一人ひとりにとっての社会参加のあり方を考えることで、オルタナティブな働き方や協働の理念を創出していくという視点も重要な運動的側面であるといえる。
【引用文献】
・ きょうされん障害者自立支援法対策本部編『障害者自立支援法緊急ブックレットシリーズ③それでもしたたかに―障害者自立支援法と小規模作業所』きょうされん,2006年.
・ 藤井敦史「ボランタリー・セクターの再編過程と『社会的企業』」社会政策研究会編『社会政策研究』7号,東信堂,2007年.
・ 田中夏子「イタリア非営利・共同セクターとその社会的役割―〈再規制〉機能に着目して」市民セクター政策機構『社会運動』311号,2006年.

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