障害を持つ人々に対する権利侵害と支援者を取り巻く環境との関連性
-知的障害者における支援者の視点から見た実態把握-
聖学院大学 増田 公香(2284)
キーワード: 《障害者施設における支援者》 《知的障害者》 《権利侵害》
障害者権利条約が国連総会で採択されて久しい。しかしながら、その一方で、障害を持つ人々に対する権利侵害は後を絶たない。近年の日本社会において、児童や高齢者に対する権利侵害に関しては大きく社会的注目が向けられ、その結果、様々な法的整備が行われた。だが、障害を持つ人々に対する権利侵害についての詳細な実態把握については未だほとんど手つかずの状況である。
このような状況を踏まえ、筆者は平成18~19年度に障害を持つ人々の当事者及び家族から権利侵害の実態把握を行った。注1) その結果、障害種別に権利侵害に対する発生箇所等における特異性が確認された。しかしながら、18~19年度の研究の限界性として次の2点が挙げられた。第一に、被害者と権利侵害者との間に存在が推測される意識・認識の誤差を確認できなかった点、第二に障害を持つ人々の支援に携わる専門職の意識形成及び彼らを取り巻く環境要因について把握できなかった点である。
以上のことを踏まえ、本研究において知的障害者施設で支援に携わる専門職の視点から、権利侵害の実態及び環境要因との関連性について把握する。その上で、今後、障害を持つ人々の権利侵害の発生予防に向けて必要とされる環境構築について検討することをその目的とする。
a.研究の視点
障害を持つ人々に対する権利侵害の事象に関して、知的障害者施設で専門職として従事する支援者の視点から実態把握を行い、彼らを取り巻く環境や労働条件との因果関係について検討する。具体的には、1)権利侵害を行った経験の有無、2)支援に関しての先輩からの示唆、3)労働環境に対する満足度との関連性、について分析する。
b.研究方法
1)調査実施時期:2009年3月1日~15日
2)調査方法:郵送によるアンケート調査
3)調査対象者:知的障害児・者施設において知的障害を持つ人々の支援に直接関わっている
支援者130名
4)質問項目:①基本的属性、②権利侵害を行った経験の有無、③先輩からの示唆、
④労働環境に対する満足度
本研究を実施するにあたり倫理的配慮として以下の点を実施する。第一に、本研究の趣旨を詳細に説明し、承諾が得られた施設に対してのみ実施する。第二に、本研究について事前に調査の趣旨・目的・方法を詳細に文書にて説明し、承諾を得られた対象者のみ実施する。第三に、対象者から得られた情報はすべて匿名でかつ統計的に処理する。
4.研 究 結 果1) 基本的属性
108名から有効回答が得られた(有効回答率 83.1%)。性別は、男性43名(39.8%)・女性65名(60.2%)で、平均年齢は37.4歳(±12.1)だった。就労年数は、平均10.6年(±10.5)で、年間所得は200万~300万円が36名(33.0%)と最も多かった。
2) 権利侵害に対する経験の有無
利用者に対する権利侵害については、「利用者を怒鳴ったことの有無」については42名(38.9%)が「ある」と回答した。「部屋に閉じ込めたことの有無」については39名(36.1%)が「ある」とし、また「殴ったことの有無」について14名(13.0%)が「あると回答した。
3) 支援に対する先輩からの示唆
先輩からの示唆として、「必要ならば部屋に閉じ込めてよい。」といわれたことの有無については、34名(31.5%)が「ある」と回答した。
4) 労働環境に対する満足度
労働環境に関しては、「給与」に「不満」としたものは66名(61.1%)で、「勤務体制」に関しては42名(38.9%)が「不満」とした。
5) 権利侵害の経験と労働環境満足度との関連性
権利侵害の経験と労働環境に対する満足度との関連性について、カイ2乗検定を行った結果、「給与」及び「勤務体制」の項目とはすべてp<0.01で有意だった。
本研究結果より、知的障害者施設において専門職として直接障害を持つ人々に関わっている人々の視点から権利侵害に対する事実が確認された。しかしながら、その事象の背景には労働環境等彼らを取り巻く厳しい環境がその要因として考えられる。
今後は障害を持つ人々に対するよりよい支援の実現に向けて、直接支援に携わる専門職に対する環境構築が必要と考えられる。
本研究は、平成20年度日本学術振興会科学研究補助金基盤研究(C)「障害を持つ人々の権利侵害と環境要因との関連性に関する研究」(代表研究者 増田公香)の一部として実施した。
注1)増田公香、「加齢する障害を持つ人々の権利侵害に関する研究」(平成18~19年度日本学術振興会科学研究補助金基盤研究(C))成果報告書、2008年