自由研究発表障害(児)者福祉4  玉井 智子

覚障害児と健聴母親の母子手話コミュニケーション過程における一考察
-健聴母親の変化から-

松山大学  玉井 智子(会員番号6604)
キーワード: 《母子手話コミュニケーション》 《母子関係性向上》 《母親の第三者の障害と復権》

1.研 究 目 的

聴覚障害児への福祉、教育において手話の必要性が認知されつつある。手話については、「言語発達の源であるごく早期のコミュニケーションを聴覚障害幼児に十分保証するため(坂本1999)」や、母親への愛着形成など関係性の展開という視点でも有効な「最大限に意味を伝達し合えることば(河崎2005)」であるとされている。しかし聴覚障害児の90%を占める健聴両親には、手話に対する違和感や否定的感情から、手話コミュニケーションに積極的とはいえない状況があり、また手話コミュニケーションを希望する場合でも、親や教師への手話学習の場や方法等の整備が不十分である等の問題点も指摘されている(坂本1999)。
  筆者は聴覚障害児を持つ2組の健聴母親(以下、母親とする)に継続的に手話コミュニケーション支援等(手話習得支援、相談、情報提供、意見交換含む)を実施したところ、母子手話コミュニケーション過程において、母親に次のような変化が見られた。コミュニケーション形成困難時の母親は、子に対する評価は「ことばがない」「通じない」「かかわり方が分からない」など否定的であり、子の障害軽減や音声言語獲得に対する義務感や焦り、不安等を時には苛立ちながら訴えていた。そして母子間に手話コミュニケーションが形成されつつある時期においても、専門職者等から子に対する否定的評価などを受けるたびに意欲減退、揺らぎ等を繰り返し経験した。しかし子との間に「通じ合う実感」を感じるようになると、母親には明るさやゆとりなどの安定感が表れ、子との関わりを「おもしろい」「たのしい」、また自身についても「良い感じ」と評するようになった。この後、母親は、自らさまざまな工夫をして意欲的に子とかかわるようになり、また環境からの影響で意欲減退や揺らぎは生じるものの回復が早くなるなどし、母子コミュニケーションは活発化していった。
  このエピソードをもとに、母子手話コミュニケーションが母親に与える影響について検討し、子の健康的発達のために親が手話を習得するという認識とは別の側面、母子手話コミュニケーションが母親の第三者の障害を改善するという側面について障害受容の視点やICFを活用した分析を試み、検討する。

2.研究の視点および方法

本研究の視点を次の2点に置くこととする。
① 手話学習参加時、母親が感じていた困難とその困難が示唆するものについて
② 母子手話コミュニケーションが母親に与えた影響について
  対象としたのは、聴覚障害を持つ子の健聴母親Aさん(手話学習開始時の子の年齢2歳7ヶ月、Aさん40代、家族は両親(健聴)と子の3人、手話経験なし)Bさん(手話学習開始時の子の年齢9歳10ヶ月、Bさん40代、家族は両親、子と妹(両親と妹は健聴)の4人、手話コミュニケーションを子5歳の時より導入しているが、正規学習経験はなく見様見真似状態であった)の2組であり、手話学習支援をしながらの関与観察を3年間実施し、母親から聴取した意見や思いをエピソードとして記録した。これらのエピソードを、ICF(国際生活機能分類)を活用して母親の生活機能に基づき分類、整理し、母親の活動と参加の変化と母子関係性への母子手話コミュニケーションの影響等を検討した。

3.倫理的配慮

研究対象としたAさん、Bさんとご家族には、本研究発表についての許可を得ている。

4.研 究 結 果

母子手話コミュニケーション過程における母親の状況についてICFを活用し整理すると、手話学習開始時は、音声言語が通じないというコミュニケーション活動制限と、そのために子のことがわからない、母親としての役割(しつけや教育)を遂行できないなど家族関係参加制約があったと考えられた。そして環境因子として子に聴覚障害があることと、療育機関専門職者の評価等が阻害因子化して影響を与えており、母親自身も聴覚障害を理由に前述の困難状況が生じていると認識していた。この参加制約は、母親がわが子の障害によって得た第三者の障害であると考える。そして母親が手話コミュニケーション活動向上し、わが子と「通じ合う実感」を経験するとともに、母子関係が向上し、母親としての役割遂行(参加向上)を果たしていく過程は、母親としての自分を取り戻す、「復権(上田 2001)」の過程であると考える。復権後の母親は、子に対して積極的に工夫を凝らし、意欲的にかかわるようになり、子とのコミュニケーションが活性化した。このような母子間の相互作用は、子を発達させよう、子の障害を軽減しようとする意図的な働きかけからのみ生じたものではなく、「楽しいから」によってもたらされており、渡部のいう「意図しない良好な母子関係がもたらす子の発達の可能性(渡部1999)」を示していると考える。
  これまで障害受容(上田1983、他)や、障害児を持つ家族のストレス等について(新見他1981、ほか多数)多くの研究がなされているが、障害児を持つ家族の人間的成長についての関心は多くないとされる(中田1995)。本研究における母親の第三者の障害は、学習開始時の母親の様子やコミュニケーション過程で見られた揺らぎや意欲消失などから、決して軽いものではないと考えられる。そして母子手話コミュニケーションは、「活動と参加」の向上と第三者の障害の改善、母親の復権を促し、母親の本来の「力」の発揮や母子関係の良循環化に好影響を与えたと考える。このことから、母子手話コミュニケーションは、母子の関係性向上とともに母親の障害受容に影響を与えることが示唆されたと考える。

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