自由研究発表障害(児)者福祉4  関 維子

障害のある子どもを持つ母親の主観的経験
-「ずれ」をめぐるストーリー-

日本女子大学大学院  関 維子(会員番号6012)
キーワード: 《障害のある子どもの母親》 《主観的経験》 《ずれ》

1.研 究 目 的

近年、障害のある子どもを持つ親のメンタルヘルス研究により、親の抱える負担やストレスが大きいこと、養育困難にある親に対して早期に支援する必要があることが指摘されている。わが国の障害児・者施策では2005年の「発達障害者支援法」の中で初めて「家族支援」が明文化された。2008年12月にまとめられた「障害者自立支援法」の施行後3年の見直しに関する報告書の中でも、障害をもつ子どもだけではなく、家族に対する支援体制の充実を図ることを検討事項としている。しかしながら社会福祉施策の中に「家族支援」が位置づけられたものの、具体的な支援のあり方については検討段階にあり、明示されていない。その背景には、これまで社会福祉が支援の直接的な対象として障害児・者家族を位置づけてこなかったこと、そのために障害児・者家族の「当事者性」に着目した「家族支援」研究の蓄積が十分ではないことがあるだろう。
  そこで本研究は、障害のある子どもの主たる養育者である母親にインタビュー調査を行い、わが子の障害をどのように認識し、どのように向き合い、どのように意味づけていくのか、母親の主観的経験を捉えることにより、家族支援のあり方を検討する上での基礎的な資料及び知見を提示することを目的とする。

2.研究の視点および方法

本研究は障害の中でも、ダウン症を持つ子どもの母親と自閉症を持つ子どもの母親を調査の対象とする。その理由として、この二つの障害は ①確定診断までの経過や時期 ②コミュニケーション面における障害特性 において対照的であること、この二つの視点を取り入れることにより、わが子の障害をめぐる母親の主観的経験をより掘り下げて捉えられると考えるからである。
  本調査は2002~2005年に実施した。調査協力者は、当時A県立小児医療センター・遺伝科外来を受診していた4~6才ダウン症児の母親(8名)/A県内にある障害児入所施設 B学園・自閉症外来診療及び外来療育を受診していた4~6才自閉症児の母親(13名)の計21名である。本研究は、児の誕生前から就学前(現在)までの母親とわが子、家族、専門機関、周囲(児の祖父母や育児仲間)との相互関係のあり様や、それらを規定する要因に着目しながら、障害をめぐる母親の主観的経験を明らかにするものである。こうした人と他者の相互作用の変化を説明する理論特性があることから、質的研究法の一つであるグラウンデッド・セオリー・アプローチを援用して分析を行っている。分析の手順は、まずインタビュー調査で得たデータを逐語化し、細かく切片化したものにコード名を付ける。それらをカテゴリー化して抽象度を上げたコード名を付ける。さらに時系列に添いながらカテゴリー間を関係づけてプロセスを明示し、そのプロセスを説明するストーリーラインを示すというものである。

3.倫理的配慮

事前に筆者が本調査の目的について文書を用いて説明し、同意書を交わした上で、1人につき1.5~3時間の半構造化面接を行った。

4.研 究 結 果

本調査の結果、確定診断を受けて療育プログラムが開始される前までの母親の感情/認識は次の三つのステージを経ることが明らかになった。一つ目は、「気づき前期」であり、わが子の様子に「漠然とした違和感」をおぼえる段階である。二つ目は、「気づき~揺らぎ期」であり、わが子に障害があるかもしれないと推測したり、打ち消したりする段階である。三つ目は、「確信・覚悟期」で、わが子の障害を確信し、障害のあるわが子を育てる覚悟をする、あるいは「診断」を受け、療育支援を受ける覚悟をする段階である。そして、これらの段階を通じて、母親のわが子に対するネガティブな感情は徐々に強まっていくことが明らかになった。この段階までの母親の語りを概観すると、ダウン症では、わが子の障害をめぐる戸惑いや予後に対する不安、わが子に対する「理想」と「現実」の「ずれ」をめぐる語りが中心であるが、自閉症では「コミュニケーション」の不成立や「ずれ」における苦悩や葛藤の語りが中心であり、自閉症の中でも、コミュニケーションについてそれ程困ることがなかった母親は、わが子が「普通の子」と比較して「普通ではない」こと、それによる「理想」と「現実」との「ずれ」に苦悩したことが語られていた。母親は「普通の子ども」の反応を期待するために、わが子からの発信を受け止めることが出来なかったり、わが子が示す障害特性に拒否的な感情を持ったこと、わが子の障害に対する理解が十分でないために、わが子を混乱させたり、強制的なしつけをしてしまい、わが子との関係が葛藤的であったことが明らかになった。こうしたコミュニケーションの「ずれ」と、わが子像に対する「理想」と「現実」の「ずれ」は相互に関わっており、それらは障害認識に関わる「ずれ」であると共に、ネガティブな感情とも相互に関わっていることが示唆された。そして母親は、療育プログラムやセルフヘルプグループの活動を通じて、わが子の障害に対する理解を深め、障害特性に配慮したり、工夫したり、わが子の気持ちに添う努力をするなど、わが子との向き合い方が変化した。そして相互に関わる「ずれ」を調節しつつ、ネガティブな感情はポジティブな感情へと変化していくことが示唆された。

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