精神科ソーシャルワークにおけるクライエント‐ワーカー関係に関する研究
-PSWのクライエントとの「かかわり」形成のプロセス-
(NPO)多摩在宅支援センター円 國重 智宏(会員番号6644)
キーワード: 《精神科ソーシャルワーク》 《クライエント‐ワーカー関係》 《かかわり》
日本の精神科ソーシャルワーク実践において,クライエント‐ワーカー関係(以下,関係)は,精神科ソーシャルワークの「基底」(坪上1970:3)であり,「中心的構成要素」である(柏木2002:43)と唱えられてきた。このように,「関係」は精神科ソーシャルワーク実践において重要な意味をもつ。しかし,現状では個々の精神科ソーシャルワーカー(以下,PSW)の実践知として,多様な意味で使用されており,次世代のPSWに継承されにくいという課題が生じている。本研究では,実践知として重要な意味をもつ「関係」の形成プロセスを,経験値の乏しい初任者PSWでも応用できる形で示すことにより,実践現場で「関係」が継承されていくことを目的とする。
2.研究の視点および方法本研究では,実践知を再編成するのに有効な修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,M‐GTA)を採用した。M‐GTAは,研究対象がヒューマンサービス領域であり,社会的相互作用を持ち,かつプロセス的性格を備えている研究に適している。本研究の研究対象である「関係」は,クライエントとPSWが相手を通して自分の見方を見直していく(坪上1988:194)という社会的相互作用を有しており,また螺旋的循環関係(坪上1988:194)というプロセス的性格も備えている。以上の理由から研究方法として最も適していると考えた。
本研究では,大学で社会福祉学を修めた経験13年以上のPSW10名(男性5名,女性5名)に半構造化インタビューを実施した。調査対象者の平均年齢は42.4歳。平均経験年数は19.6年。所属は,精神科病院3名,地域の支援機関7名であった。インタビュー時間は,平均1時間15分。インタビューは,調査対象者の許可を得て,ICレコーダーに録音し,逐語録を作成して,分析を行った。
調査対象者に対して,インタビュー実施前に,データの扱いに関する文書を提示した上で,口頭にて調査協力に対する了解を得ている。また,分析作業終了後に,分析結果と分析方法をまとめたものを送付し,全ての対象者に確認・評価を依頼した。併せて必要により,削除・訂正がありうることを説明した上で,再度,本研究への同意を得ている。
4.研 究 結 果分析の結果,3つのカテゴリー,2つのサブカテゴリー,21の概念を抽出し,結果図とストーリーラインで説明した。詳細は当日報告するが,ストーリ-ラインの要約を,以下に示す。なお," "に概念,〔 〕にサブカテゴリー,< >にカテゴリーを示している。
(ストーリーライン要約)
クライエントと"援助関係を結んだ"PSWは,〔クライエントに対する深い理解〕を通して,彼らの気持ちに<想いを馳せる>ようになる。<想いを馳せる>ことができるようになったPSWは,危機場面や日常場面での<体験の共有>を通して,彼らと〔本音の関係〕を築く。そうした関係になると,彼らとの"援助関係が終結"したとしても,お互いに"つながっている感覚"を持ち続けるようになる。このようにして築かれた<想いを共有する>関係は,クライエント‐ワーカー関係を超え,"人と人としてのつきあい"として永く続いていく。
この分析結果より,精神科ソーシャルワークにおける「関係」は,ソーシャルワーク一般における「援助関係」とは同一のものではないことを明らかにした。
「援助関係」とは,援助という目的があり,その目的達成のための人間関係である(岡本1973:199,尾崎1994:3,稲沢2002:136,稲沢2005:192-193,奥川2007:205-208,中央法規出版部2007:38-39)。しかし,本研究で明らかにしたPSWがクライエントとの間に築く「関係」は,援助関係が終結したとしても継続していく「人と人としてのつきあい」である。この「人と人としてのつきあい」は,「援助する者」と「援助される者」という関係が成り立たない援助の限界点で発現する「新たな関係」(稲沢2002:194)に近い「関係」であると考える。
この「援助関係」ではない「関係」を,これまでPSWたちは「かかわり」と呼び,実践知として継承してきた。本研究では,「『ワーカー‐クライエント関係』が示唆するよりもっと人の営みの深みにおいて織り成す人間模様の一部終始に触れることによって,ようやくそれを論じえるかもしれない厄介な代物」(柏木2007:2)である「かかわり」の全体像を,実証的方法で提示した。
また, PSWが「関係(かかわり)」を築いていくプロセスにおいて,専門的部分("専門的はたらきかけ""一緒に動く"等)と没専門的部分("共に過ごす""好意的感情"等)を,柔軟に使い分けていること。そして,「関係(かかわり)」を深化させていくには,<想いを馳せる>から<想いを共有する>に至るというプロセスからも明らかなように,PSWの想いが重要な要因であることを明らかにした。