自由研究発表障害(児)者福祉3  田中 淳子

精神障害者のナラティヴを生成するコンテクストの検討
-事業Yが実践する語り部活動から-

大阪府立大学人間社会学研究科博士後期課程  田中 淳子(会員番号6351)
キーワード: 《精神障害者》 《ナラティヴ》 《コンテクスト》

1.研 究 目 的

近年、精神障害者が自らの経験を手記として綴ったり、あるいは聴衆の目前で経験を語る機会が増加しつつある。また、精神障害者の語りを重視する研究も散見される。
  これら手記等を含む精神障害者のナラティヴが導出され、発信される目的は様々である。例えば精神障害者が置かれている劣悪な境遇を訴えることや、偏見や差別を解消するために精神障害への理解を促進する啓発を挙げることができる。あるいは、精神障害の経験を語ることによってエンパワメントが目指され、生きづらさの解消を期待されることもある。  
  以上のように、ナラティヴの生成において、ナラティヴの送り手や受け手に何らかの効果が生じることを期待する状況は、ナラティヴを取り巻くコンテクストのひとつとして捉えることができる。本研究では、先述したようなナラティヴへの期待をはじめとする、ナラティヴを取り巻くコンテクストに着目する。
  荘島(2008)は、ナラティヴが重層的なコンテクストに埋め込まれており、ナラティヴを重層的なコンテクストと組み合わせながら、それらが生成されていくプロセスの記述が重要であると示唆している。本研究では、荘島が示すように、ナラティヴがコンテクストに埋め込まれているという視点を重視し、精神障害者のナラティヴがどのようなコンテクストに取り巻かれながら生成されているかについて検討する。わけても、精神障害者の語りの実践に焦点をあて、精神障害者の語りが生成されるコンテクストとそのプロセスを検討することを目的とする。

2.研究の視点および方法

精神障害者の語りの生成の場として、NPO法人Xが運営する当事者講師派遣事業Y(以下、事業Yとする)の実践に着目する。事業Yでは2003(平成15)年から、主に精神障害当事者がボランティア講座や学校、専門職者の研修会等に出向き、精神障害の経験を基盤にした語り部活動を実践している。事業Yは、継続的に語り部活動を実践しており、精神障害当事者が講師(語り手)としての経験も積み重ねていることから、本調査の対象とした。 報告者は、当事者講師が集まる月1回の世話人会に2007(平成19)年からほぼ毎月出席しており、世話人会で得た情報等も調査結果の考察において参考にする。
   本研究では、2008年5月から9月にかけて、事業Yに所属する精神障害当事者6人(調査協力者)に、経験を語る実践に関する質問を中心にして、個別に半構造化インタビューを行った。インタビュー内容はICレコーダーに録音し、逐語録を作成した。質的分析においては、ミクロレベルを対象に、調査協力者がどのようにナラティヴを生成しているかに重点をおき、どのようにしてコンテクストが語りの生成を取り巻いているのかについて検討した。そのため、社会的歴史的なマクロレベルにおけるコンテクストの検討については今後の課題とした。

3.倫理的配慮

調査協力者に文書と口頭で、研究の内容と趣旨、答えたくない質問には答える必要がないこと、調査協力者のプライバシーの厳守を説明し、インタビューの許可を得た。
  調査協力者と事業Yから、本学会で調査内容を報告する承諾を得た。

4.研 究 結 果

インタビュー調査結果から、語りを生成するコンテクストとして、語り手と聞き手との相互作用、語り手をサポートする環境、依頼先とのマッチング、経験を積み重ねる時間の経過が見出せた。これらのコンテクストと語りの生成は循環する関係にあり、語りを生成するサイクルが醸成されていた。
  〔語り手と聞き手との相互作用〕
   語り手は、講演の際に、聞き手の反応をうかがいながら語っていた。語り手は、聞き手からの反応を講演時間だけではなく、質疑応答の時間や聞き手の感想文、休息時間の交流の中で感じていた。このような聞き手の反応を参考にしながら、語り手は語りを構築していた。また、語り手は、聞き手の層に応じた語りを行っていた。
  〔語り手をサポートする環境〕
   事業Yでは、月1回開かれる世話人会が、語り手をサポートする役割を果たしていた。世話人会では、語り手(当事者講師)と講演先とのコーディネートを行い、講演先の情報を共有し、何に重点を置いた語りが必要とされているかを検討する事前打ち合わせが行われていた。さらに、複数人数で語り手が講演先に向かえるようにコーディネートをすることで、語り手の不安感を軽減していた。
   また、世話人会は、講演の報告や振り返りを行い、語りの実践へのフィードバック機能を果たしていた。
  〔講演(依頼)先の条件とのマッチング〕
   講演で与えられる時間には制約があり、語り手は時間に合わせて語ることになる。また講演先の受け入れ態勢が、語り手の体調等に影響を与えていた。
  〔経験を積み重ねる時間の経過〕
   語り部活動の継続と時間の経過とともに、語り手は、語り手としての経験と精神障害者としても経験も積み重ね、語る内容を変容させていた。

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