自由研究発表障害(児)者福祉2  古井 克憲

重度知的障害者地域生活支援の「実践知」
-アクションリサーチにおける知識創造-

和歌山大学  古井 克憲 (会員番号5149)
キーワード: 《重度知的障害者地域生活支援》 《実践知》 《アクションリサーチ》

1.研 究 目 的

障害者福祉領域においては、障害者の自己表現、自己選択、自己決定、自己管理、社会参加、自己実現等が重視されて いる。これらのことを目指す支援では、障害者の能力に応じて、支援者側が計画した物事ができれば次の段階に移るとい ったステップ方式がとられがちではないだろうか。例えば、金銭管理ができるようになれば買い物に行くことができると いうようなことである。このようなステップ方式をとる支援については批判もある。なぜなら、単に障害者の能力を向上 させるのには限界があるからである。能力が向上しない場合、障害者の希望はいつまでたっても実現しない。また、支援 者側の一方向的な介入は、障害者の意向と大きく異なる危険性もある。ゆえに、障害者との相互関係で支援者側が自らの 力量を高めることによって、障害者の希望を実現していく支援について検討する必要がある。
  筆者が、重度知的障害者の地域生活支援で実績のある組織「Aの会」の職員と実施したアクションリサーチにおいて、 同会では職員の支援力を高めるアクティブサポートモデル(Jones,et al. 1996=2003)(AS)が導入された(古井 2007 )。ASは、障害者の相互関係を重視して障害者の地域生活への「参加」を促進する支援者向けのトレーニングモデルである 。ASのような既存のモデルが現行の実践に導入される際、実践者はそれまでの支援の学びを通してモデルを解釈している と考えられる。本研究では、ASを成文化され他者によって教授された「形式知」として捉え、Aの会の職員各々による支援 の経験に基づいた学びを暗黙的な事例的知識である「暗黙知」として捉える。その上で同会でのAS導入過程を分析するこ とによって、同会の地域生活支援の「実践知」を明らかにする。「実践知」とは、「形式知」と「暗黙知」との間に、一 部成文化可能な教訓的知識(藤井 2003)である。Aの会の「実践知」を明らかにすることは、知的機能や言語機能の制約 が大きい重度知的障害者の自己表現、自己選択、自己管理などが、能力志向にとらわれがちなステップ方式をとらず、ど のような関連でいかなる環境で相互関係性のもとで支援されているかを検討することにもつながると考える。
  したがって本研究の目的は、重度知的障害者の地域生活支援における「実践知」を明らかにするとともに、そこでの 支援者側から見た障害者と支援者との相互関係性の有り様について考察することである。

2.研究の視点および方法

アクションリサーチは、「研究者が課題や問題を持つ人々とともに協働し、課題や問題を改革していこうとする実践で あり、知識創造にも貢献する研究形態」(藤井 2006)である。本研究では、Aの会によるAS導入のアクションリサーチで 開催された「支援の自覚化」(薬師寺ら 2007)を促す事例検討会の参与観察記録を、当該領域での「実践知」を提示し うるという特徴をもつ修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(木下 1999)を参考に分析した。その分析結果を 、アクションリサーチにおける知識創造という観点から、「実践知」に焦点を当てて解釈する。

3.倫理的配慮

本研究の公表に対しては、利用者及びその家族から研究等の公表に際する是非の判断を委任されたAの会の担当者に、 利用者の匿名性を保持するのを条件に許可を得た。

4.研 究 結 果

            図1

参与観察記録の分析の結果、Aの会の支援職員は、図1.に示すサイクルの支援を展開していた。職員は、障害者の 【自己選択】に基づき、【役割】や【身の回りのこと】、【生活の楽しみ】、【健康状態の改善】を目的とした活動 を提案し、なおかつ、障害者が行った活動に対し、【本人と支援者との意思疎通】によって両者が居住者の経験を振 り返る(古井 2009)。
  これをアクションリサーチにおける知識創造という観点から考えると、「形式知」であるASと、職員による事例 検討会の開催等の過程によって浮上した「暗黙知」との間に「実践知」が浮き彫りになった。すなわちこの「実践知」 は、図1.における支援である。職員は、この「実践知」を通して、ASを理解して実施していた。同時に「実践知」を 通して、「暗黙知」がASの枠組みの中でも有効に活用されるようにしていた。例えば、ASには7項目(「地域社会の一 員であること」「選択とコントロール」「生活する力」「個別性」等)のニーズリストがあり、それらは相互に関連 するとは述べられているにとどまるが、Aの会の職員はこれまでの経験に基づいた学びを通して、図1.のように関連 づけて支援を行っていた。【自己選択】は「選択とコントロール」、【役割】は「生活する力」、【生活の楽しみ】 【健康状態の改善】は「個別性」と共通する。このことからAの会でのASの実施は、職員による「形式知」と「暗黙知 」の相互変換(藤井 2003)の間で創造された図1.のサイクルにおける支援という「実践知」が、「形式知」と「暗黙 知」の媒介となって展開したといえる。図1.の「実践知」は、自己表現、自己選択、自己管理などがステップ方式を とらず、障害者の地域における「存在」と「行動」の双方が認められる環境の中、障害者と支援者との共同ですすめら れる。

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