自由研究発表障害(児)者福祉1  安保 直子

失語症がある人へのコミュニケーション支援の必要性について
 -独居者の日常生活ニーズに関するインタビュー調査から-

世田谷区立総合福祉センター  安保 直子(会員番号7498)
キーワード: 《失語症》 《コミュニケーション支援》 《失語症会話パートナー》

1.研 究 目 的

失語症とは、脳血管障害や頭部外傷などの後遺症でおこる後天性の言語障害である。それまで不自由なく使っていた言語を操る能力が障害され、話すことだけではなく、聞いて理解すること、文字を書くこと、文字を読んで理解することなど言語機能全般に支障をきたし、日常のコミュニケーションに困難が生じる。このような失語症をもつ人は、全国に30万人以上いると言われているが、現行のコミュニケーション支援事業(地域生活支援事業)は、聴覚障害や視覚障害の人の利用しか想定されておらず、失語症に対する支援システムは構築されていない。そのため社会参加は著しく制限されている。
  しかし、1990年代から、欧米諸国では「失語症会話パートナー」という、会話の支援者の養成が始まっており、わが国でも2000年よりNPO団体で養成が開始され、その後少しずつ全国に広がり始めている。また、一部の地方自治体では、自治体の事業として養成事業を開始している。現在、養成された失語症会話パートナーは、ボランティアとして、失語症がある人の交流の場である友の会や自助グループといった、主にグループ場面への会話の支援を行っている。しかし、コミュニケーション支援事業の支援者として、個人の生活場面に派遣するには至っていない。
  では、生活場面における支援の必要性はないのだろうか。失語症の問題は、失語症自体の認知度の低さから取り上げられることが少なく、しかも失語症の人自身がその困難さを訴えるにも、表現手段が十分でないために諦めてしまっていることが多いという現状がある。そこで本研究では、実際の日常生活場面において、どのような困難さやニーズがあるのかを、よりニーズが顕在化しやすいと考えられる独居者の事例から明らかにし、個別支援の必要性を検討するために調査することを目的とする。

2.研究の視点および方法

調査対象は、東京都内にある介護または障害者施設(3か所)の通所利用者9名に対して、半構造化面接法によるインタビューを実施した。
  インタビューの内容は、①日常生活場面の困難さ、特に「文字情報の理解」と「口頭言語によるコミュニケーション」の現状について、②その困難さの対処方法と、現在日常生活場面にどのような支援が入っているのかについて尋ねた。インタビューの所要時間は40~60分であった。回答はICレコーダーによる録音またはノートに記録し、後日文字化した段階で、被調査者に再度内容を確認してもらった。調査は2009年3月~5月に実施した。

3.倫理的配慮

本学会の研究倫理指針に則った調査への協力依頼書を作成し、文書と口頭で説明し同意 を得た。なお、文書は失語症の人にも理解し易いように箇条書きにするなどの配慮をした。

4.研 究 結 果

文字情報の理解に関しては、全員が困難であると述べていた。特に郵便物については、「読めない」「特に細かい文字はどうも苦手。集中力がない。頭が痛くなる」「カタカナと平仮名がダメだから」「めんどくさいからとっておく」など、大体の理解で済ませていたり、中には内容はわからなくても適当に判断して破棄している人もいた。返信についても、「これ位(名前や住所)しか書けないから」「書くのは全くダメ」と自署や簡単な単語程度は書けても、文章を綴ることは難しく、複雑な記入はできないと困難さを訴えていた。現在の対処方法としては、利用施設の言語聴覚士や、近隣に住む身内に依頼している人がほとんどであった。また、ヘルパー利用者はサービス時間内に支援をお願いするにも、家事や掃除だけで余剰な時間はなく、サービス時間内で賄うのは難しい現状が明らかとなった。
  一方、病院や行政の窓口など口頭言語での説明場面については、失語症に配慮した対応をしてもらえているとは言い難いが、慣れた相手とであれば、やりとりはそれ程困っていない様子だった。しかし、十分こちらの意思を伝えられているかと言えば、「ダメだよね。でもそんなに話さないから」「まーいいやと思っちゃう」「めちゃくちゃでも言うよ。でも(我慢することは)いくらかある。しょうがないよね」など諦めてしまっている実態がうかがえた。また、詳細な説明が必要な初めての病院への受診は、問診表の記入も難しく不安であることや、日常の買い物は話す必要がないので特に困らないが、例えば電気器具の買い物は、複雑な説明をされてもわからないので困るというような、初めての場や説明をしたりされたりする場面に対しては、誰かに同行して欲しいというニーズがあった。
  その他、「(このインタビューの様な)こういう会話がありがたい。(普段は)99%我慢している」「これ(言葉)が上手くいかないから・・・もっと話がしたいんだよね」など、会話そのものに対するニーズもあることが明らかになった。普段は会話の機会が乏しく、失語症を理解していない人との会話には我慢を強いられており、単に他者とのつながりを求めているのではなく、自己表現の場が奪われていると考えられた。この会話の保障については、聴覚障害の人への手話通訳では派遣の対象とされておらず、失語症の人にとって"会話の必要性"をどう捉え、応えていけるのかが今後の課題といえる。
  このように、今回の聞き取り調査によって、文字言語の理解と口頭言語での伝達について日常生活場面での困難さがあり、個別支援のニーズがあることが確認された。そして、現状のコミュニケーション支援は、不安定なインフォーマルな支援に頼っていることが明らかとなったことから、今後、失語症の人に対しても、情報保障としてのコミュニケーション支援を制度として確立し、保障していく必要があると考えられた。さらに、日常的な会話の機会そのものが奪われていることから、単に情報保障という視点だけではなく、安心して自己表現できる会話の機会や参加の保障といった視点からの支援の必要性も示唆された。

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