自由研究発表障害(児)者福祉10  田中 恵美子

人工呼吸器を装着しなかった筋萎縮性側索硬化症患者と家族の経験
-生活の資源から人工呼吸器装着に必要な社会サービスを探る-

○ 東京家政大学  田中 恵美子(会員番号3989)
愛知大学  土屋  葉(会員番号4166)
キーワード: 《ALS》 《人工呼吸器》 《社会サービス》

1.研 究 目 的

筋萎縮性側索硬化症(ALSと略す)患者は、病状が進行すれば気管切開を伴う侵襲的人工呼吸器(人工呼吸器と略す)を装着するか否かの選択が必要となる。現在、人工呼吸器を装着するALS患者の数は3割を切っており、装着しない場合が圧倒的に多い。近年、人工呼吸器を装着した患者と家族の経験が注目されるようになってきたが、一方、装着しなかった患者と家族の経験については十分に明らかにされているとは言いがたい。本研究では、人工呼吸器を装着しなかったALS患者と家族の経験を、死別後の遺族へのインタビューから明らかにし、その支援のあり方を検討するひとつの資料を得ることを目的とする。

2.研究の視点および方法

本研究では都市人類学者ウォルマンに倣い、生活の資源を分析枠組として用いる。生活の資源とは、構造的資源(住宅、お金、サービス)と編成資源(時間、情報、アイデンティティ)であり、生活は資源の管理者が構造的資源を、編成資源を用いて編成(構造化)する営みとする。
 インタビュー調査は2008年2月および2009年1月に、生前の主治医から紹介を受け、ALS患者の遺族9名に行った。内容は、療養場所(住宅改修、居住形態等)、経済状況、社会サービスの利用、病気の発症から死に至るまでのおおよその経過(発症時の病状、診断に至るまで、告知の内容)、社会活動の変化、生活の変化に対する対応方法、親戚・友人・近隣との関係、各種情報の入手方法、患者会・他の患者との関係、人工呼吸器装着に対する考え、死後振り返って(死後に経験したこと、現在の遺族の生活)。インタビューは同意を得て録音し、後に逐語録を作成した。繰り返し読み全体を把握して内容を発病前から死後までの時間経過とともに項目を設定し、整理した上で分析した。

3.倫理的配慮

研究の趣旨、研究参加の自由、途中辞退は可能であり不利益を被らないこと、プライバシーの保護方法について対象者に説明し、書面にて参加の同意を得た。また、対象者の身体的および精神的な負担の軽減には細心の注意を払った。

4.研 究 結 果

患者の発症時期は1994年~2008年、年齢は19歳~74歳、発症から死亡までの年数は、最短1年5か月~最長9年、9事例のうち、7事例が5年未満で死亡していた。
 全事例が自宅療養で、8例が一戸建、1例が集合住宅に居住し、配偶者と二人暮らしが3例、それ以外は親、子ども等と同居であった。住宅改修は5例で、そのうち1例は改修費用のため、その後の生活費が困窮したことが述べられた。患者又は介護者が病気のために仕事を断念又は休職した例は5例あり、1例は親からの支援を受け生計を立てていた。経済状況が厳しかったと答えたのはこの例だけであった。
 社会サービスの利用は、身体状況、介護年数、介護者数、介護負担感とは連動せず、患者及び主たる介護者の社会サービスに対する抵抗感による影響がみられた。抵抗感は、男性5例中4例、女性4例中1例、介護者は夫、妻各1例に見られた。全事例で介護負担感が語られ、特に死亡間際は相当強かったと言及された。しかし吸引等医療的ケアを含めた身体介護は、主たる介護者又は家族員のみで行われていた。女性介護者は、介護負担感を、介護労働を共同した子どもと分かち合っていたが、男性介護者は他者に表明していなかった。
 借金の返済や療養生活での経済的負担、介護労働、病気の発症から専門医にたどり着くまで、療養生活における情報など、多くを親族から得ていた。患者会の活動への参加は全例なかった。理由は患者が拒否、時間的に余裕がなかったなどであった。人工呼吸器装着について、5例は患者が最初から拒否、メディアの影響も見られた。介護者が語った、患者の人工呼吸器非装着の理由は、何もできなくなることに対する情けなさ、周囲への負担(経済・介護)が挙げられた。患者死亡後、死亡間際に優しくできなかったことや人工呼吸器非装着に若干の後悔の念を示すなどが女性介護者にみられた。男性介護者は3例中2例が物の所在など分からず困ったと述べた。
 事例数の限界や時代、地域による社会サービスの差など、結果を一般化できないが、以下の点を述べておきたい。①死亡間際の介護労働及び心理的負担が軽減できる社会サービスが不在であった。訪問診療・訪問看護はこれらの解消に役立っていたことは述べられたが、緊急かつ最終手段ととらえられており、日常的な介護労働及び心理的負担は依然として強かった。②発病から療養生活での生活変化に対し、資金・労働力・情報提供まで非常に親族の存在が大きく、ニーズと社会サービスを繋ぐ社会サービスとしての相談援助は不在であった。③女性患者は最期まで資源の管理者として役割を果たしていた。女性介護者は全ての役割を担い、負担が増大していた。④全事例で発病後のアイデンティティの確立が困難であった。
 人工呼吸器の装着は患者の生き方に対する信念等にも関わるため、社会サービスとの関係のみで論ずることはできない。しかし、非装着の理由から推測されるように、良質な社会サービスの存在は装着後の周囲への負担軽減を予期させ、装着選択を可能にする条件整備の一つになることはまちがいないだろう。
 今後、調査を継続し事例を増やすとともに、同地域での人工呼吸器装着事例へのインタビューも行うこと、さらに社会サービスがより充実した地域で人工呼吸器を装着しなかった事例調査との比較を行うことにより、人工呼吸器装着と社会サービスの関係を明らかにしていきたい。【謝辞】本研究は、厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)の一環として行った。ご協力いただいた患者・家族、医療関係者及び共同研究者の立教大学大生定義教授、東京大学大学院平野優子様に深謝申し上げる。

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