障害者を抱える親が介護困難に陥る要因の分析
-新聞記事からの検討-
日本福祉大学大学院 小久保 まや (会員番号7465)
キーワード: 《家族介護》 《障害児(者)福祉》 《殺人事件》
本研究の目的は,障害者を介護する親が加害者となり,子である障害者が被害者となった殺人・無理心中事件を介護困難が最も悲惨な形で現れた事象と捉え分析することにより,障害者を抱える親たちが介護困難に陥る要因の一端を明らかにすることにある.
2.研究の視点および方法本研究の視点は,子である障害者を殺害するに至ってしまった親に焦点を当て介護困難に陥る要因を分析することにある.殺人事件は,家族介護者全体からすれば,少数例であり,殆どの家庭では殺人といった最悪の事態は起こらない.また,新聞記事は全国統計でもないし,その恣意性についてはすでに先行研究で指摘されている(大泉1981).しかし,記事となった事件からは,介護困難を抱えている親の背景や特徴,その家庭が破綻に至ってしまった要因の傾向はうかがい知れると考える.
方法として,朝日新聞データベース『聞蔵Ⅱ』を用い,新聞記事から事件の検索を行った.扱う事件は,加害者は親であり,子である障害者が被害者となった殺人・無理心中事件とした.検索方法は,はじめに「障害」をキーワード指定し,「殺人」「心中」「自殺」「殺害」「虐待」「裁判」をクロス検索した.①障害者が親によって殺害された事件,②障害者と親の心中事件(無理心中を含む),③①と②のうち未遂に終わった事件を取り上げ,親が加害に至った背景や特徴を分析した.1998年4月1日から2008年3月31日までに起きた68件の事件を分析対象とした.
本研究は,主に新聞記事を資料とし行ったものである.倫理的配慮として,加害者と被害者の匿名性を確保したところにある.
4.研 究 結 果1)結果と考察
確認できた事件は,1998年4月から2008年3月までの10年間に68件であった.加害に至った親の総数は75名で,属性の内訳は,母親46名(61.3%),父親29名(38.7%)であった.本研究においても,先行研究で指摘されているように母親の加害が多い結果となった.更に分析を進め,加害に至った親の性別を年齢別に分類したところ,20~40歳代に母親の加害が集中(17名15名;88.2%)しているが,60歳以上の加害においては親の性別に特徴は見られないことが分かった.事件に至った20~40歳代の母親を取り巻く環境を確認したところ,片親や一人で介護をしていたなど,母親が社会から孤立し,犯行へとつながる状況が半数以上(15名中9名;60.0%)見られた.また,虐待から障害者を死に至らしめた事件も,この年代にある片親の母親にみられた特徴であり,金銭的に余裕がなかった.子育て世代の母親が社会から孤立しないよう,金銭的援助や学校や保健所を中心とした精神的支援など,更なる検討が必要であると考える.
加害に至った親を年齢別に集計すると,犯行の多い年齢として,50歳代22名(29.3%),続いて60歳代20名(26.7%)となっている.親の年齢が50~60歳代にある障害者の年齢を確認したところ,20~30歳代の子に被害が集中していた.被害に遭った障害者の年齢から推察すると,50~60歳代の親に加害が集中している要因のひとつとに,学校教育が終了した後,障害者の問題解決の主体が家族のみに集約してしまった結果ではないかと考えられる.学校教育が終了した後,つまりは卒後支援の強化が重要課題の一つであると考える.
また,60歳以上の親の加害が36人(48.0%)と半数近くを占めており,先行研究(夏堀2007)同様,高齢加害者の存在は見過ごせない結果となった.高齢の親ほど,将来を悲観し心中を企てるケースが多くなる.これらの要因として,親の介護力が見込めなくなったとき,障害者の生活の場を確保しにくい状況の表れと考える.つまりは,障害者の地域移行の目的である,地域資源を活用し在宅生活が可能な障害者を施設から地域へ移していこうといった流れが,包括的な支援を必要としている障害者やその家族のニーズに影響しているのではないかと推測できる.制度設計する上で,入所施設の定員削減と数値ばかりに目を向けるのではなく,どのようにしたら,障害者やその家族にとって安心した暮らしが確保できるのか,複眼的に検討していかなければならない.
被害に遭遇した障害者の総数は71名であった.知的障害者31名(43.7%),身体障害者14名(19.7%),重複障害者7名(9.9%)であり,障害種別が確認できない者が12名(16.9%)であった.知的障害者が被害に遭遇するケースが全体的に多い結果となった.被害に遭遇した障害者を年齢別に集計したところ,加齢に伴い,身体障害者が被害に遭遇する割合が増加していることが分かった.身体的介護を要する場合,障害者自身も加齢に伴い介護度が増しつつあるのに対し,親も加齢に伴い体力が減退すると考えられる.その結果,親が介護力の限界に陥り,生活の破綻へと至りやすいのではないかと考える.
2)結論
本研究の分析から,親たちが介護困難に陥る主な要因として,①障害者を介護している母親が,一人で介護いているなど社会から孤立したとき,②学校教育が終了した後,障害者の問題解決の主体が家族のみに集約されたとき,③高齢となった親が,障害者の生活場所を中心とした将来のイメージが持てないとき,④親の加齢に伴い体力が減退し,身体的介護が負担となったとき,の4点が考えられた.
【文献】
大泉溥(1981)『障害者の生活と教育』民衆社.
夏堀摂(2007)「戦後における「親による障害児者殺し」事件の検討」『社会福祉学』第48巻第1号42-54頁.