親支援による親の変化に関する一考察
通園施設での「親の育て直し」から
北海道大学 今西 良輔 (会員番号7447)
キーワード: 《発達障害》 《親支援》 《気づき》
障害のある子どもに対する親の役割として,下田(2006)は,「まず初めの段階において,子どもに一番近い存在である親がどれだけ子どもの特性や障害を受け入れ,子どもを正しく理解し養育していくことが重要である」と述べている.一方,コミュニケーションが取りにくい障害のある子と母親については,「母子間のコミュニケーションのつまずきが『育てにくさ感』につながっている」(根来ら2004)とも言われている.さらに,近年「核家族化や人口の流動化並びに家族相互の交流の不活発化や孤立化が起こっており,母親の育児不安を高める結果を招いてきている」(岩田1996;牧野1981)という意見もある. 筆者は,「親の育て直し」を掲げた知的障害児通園施設(以下,A施設)の取り組みに注目した.A施設では,障害のある子どもを養育する上で,子ども理解に結びつくような支援を掲げ,「親の育て直し」という取り組みをしている.今回,A施設で「親の育て直し」支援を受けている母親を対象としたインタビュー調査から,この支援による親の変化について検討した.
2.研究の視点および方法調査対象者は, A施設の職員に調査協力を依頼し,同意が得られた方を対象に,筆者が後述する倫理的対応を改めて説明した上で同意を確認し,面接を行った.参加者は,支援を受けている障害児の母親(以下,母親)の5名である.面接を行う前に,筆者はあらかじめ施設活動にも参加させていただいている.調査は「親の育て直し」体験を聞き取るために,半構造的面接を行った.インタビューは一人一人個別に行い,それぞれ約一時間程度であった.
3.倫理的配慮本調査は「北海道医療大学看護福祉学部看護福祉学研究科研究倫理指針」(以下,倫理指針)に則して実施した.各調査協力者へは,倫理指針に則して,インフォームドコンセントを行い同意を得た上で調査を開始した.本研究の主旨は,発達障害児を持つ母親へのインタビューから考察するものであるが,個人情報,倫理面への配慮のため各事例を匿名で記述した.また,プライバシー保護の観点から,インタビュー内容に個人情報,または個人を特定される可能性のある場合は,結果から排除した.
4.研 究 結 果A施設の「親の育て直し」の取り組み内容は,①親へのカウンセリングによるメンタルサポート②自助グループの活用による親同士・親仲間によるコミュニケーション③支援者と協働で子育てを行い,子どもにある障害特性に見合った養育の仕方を学ぶことである.特に③は支援者との信頼関係の形成が必須であり,子どもの特性に向き合うようになることを目指している.対象者の家族状況であるが,母子家庭が3家庭,父親と母親のいる家庭は2家庭である.母親の周囲からのサポートについては,ほとんどないが5名中3名,父親が5名中2名(内,以前親族からサポートされていたのは,2名)である.父親のサポート内容には,相談や軽い手伝いであった.すなわち,障害児を抱える母親の半数は,十分なサポートや周囲の理解が得られないままに単独で子育てをしていることが推察できる.5名の母親たちは,毎日A施設を利用し,子どもと一緒にA施設で,デイサービス,自助グループ,親のカウンセリングを受けている.
それぞれの語りの内容からは,A施設が取り組む「親の育て直し」によって①子どもへの「気づき」に変化が認められたことと,②親自身の育ってきた環境などを振り返り「自己覚知」することが,窺えた.支援者と協働での子育てによる親の変化では,①「子どもに対して可愛いと思うこと,愛することなど向き合えるようになれたこと」が挙げられる.さらに,②「他人や生活環境が大切である」という発言も認められた.
一方で,母親は,「親の育て直し」を受けることで,これまで「子育てができていなかった」「子育ては大変だ」という思いに至ることも認められた.
A施設が取り組む「親の育て直し」とは,失敗を経験し,これまでの子育て体験を見つめ直しながらも,親として強く生きるため,子どもを育てるために奮起する過程を描いているのではないかと筆者は考える.母親たちはこれまで十分に取り組めていなかった養育に気づく一方で,子どもの特性に向き合い,よいモデルでの対応を体験する(スタッフとの共同)ことで,改めて,子どもへの愛着を育み,養育を諦めずに取り組もうとする意欲を向上させることができたように思われる.そのような意味でA施設での「親の育て直し」は,良い影響を及ぼしていると言えよう.
一方,この過程に生じる母親の気づきが,否定的な自己に向き合うなかで,母親の無力感や抑うつ感情あるいは反動としての子どもへの陰性感情が強化される可能性も伺える.また,欠落している力を授かったという母親の気持ちや,それまでの孤立無援感の養育状況に対して,施設は,指示的,教示的な関わりをすることで,施設への万能感を抱きやすいと思われる.すなわち母親の施設への依存傾向が形成される可能性も示唆された.これは母親が,子どもが巣立っても施設に関わっていたいという心境から推察できた.
このような課題を内包しつつも,子どもの特性に向き合い,よりよい養育姿勢を形成していくことの有用さもあることから,今後,母親自身の主体的な関わりを育むために,施設の支援がいかに徐々に後退していくかを検討する必要があるように思われる.いずれにしても,本方法を実施する上では,対象者を絞るあるいは実施前からの職員との信頼関係の樹立が非常に重要なものである.