自由研究発表児童福祉7  板倉 孝枝

英国児童疎開における親子分離に関する研究
 -疎開ホステルとハムステッド入所制乳幼児保育施設での取り組みの比較から-

京都府立大学大学院  板倉 孝枝 (会員番号6400)
キーワード: 《親子分離》 《児童疎開》 《英国児童ケア施策》

1.研 究 目 的

 発表者は、これまで、英国では第二次世界大戦前後で、児童のための社会的養護の方針 が異なることに着目し、研究を進めてきた。今までに取り上げてきた研究の対象は、主に第 二次世界大戦期における戦時疎開で、その中でも特に児童が疎開先の里親家庭で示した問題 行動の意味に着目してきた。その意味とは、疎開児童が疎開によって突然の親子分離、環境 の変化を経験したことと、疎開先で示した児童の問題行動は、疎開以前に経験していた家庭 での養育にその根拠が見出されはじめたことであった。このような問題に対する解決策とし て、政府は疎開児童の問題行動が手に負えなくなった里親家庭から児童を分離保護し、何ら かの治療を施すこと、さらに疎開児童の状態の回復と共に再び里親委託に戻すことを期待し て、疎開児童が一時的に暮らすことができる疎開ホステルを疎開児童の短期治療施設として 用意した。これまでの研究では、疎開ホステルの種類や理想の定員数およびホステルで示す 疎開児童の反応について検討してきた。
  このような政府疎開計画におけるサービス の展開について研究を進める中で、社会的なサービスを疎開児童に提供する際に考慮しなけ ればならない親子分離の課題が出てきた。一方、疎開計画は民間事業としても行われていた 。政府疎開計画とは異なる観点、とりわけハムステッド入所制乳幼児保育施設での親子分離 について、その視点の相違点などについて政府疎開計画との比較検討を行うこととした。こ のハムステッド入所制乳幼児保育施設は、政府疎開計画とは別に米国の戦争孤児里親計画協 会からの寄付、疎開児童の親からの任意の寄付、および物資の寄付等を得て行われた私的疎 開である。ハムステッド入所制乳幼児保育施設では、名称の通り集団保育を基本とした取り 組みが行われていた。疎開ホステルもまた、個別の里親家庭からホステルという短期治療施 設に移ったという意味において、集団生活によるケアであった。両者には第二次世界大戦時 に起きていた空襲や爆撃による危険から逃れる目的と、疎開児童の成長発達過程における諸 問題に対応する必要があるという共通点が前提としてあった。
  戦争という非常事態 が起きたときには様々な社会資源の制約があるが、その状況下で第二次世界大戦中にはどの ような点に着目して児童の社会的養護の一つの形態でもある疎開が実施されていたのか、ま た、その背景にある考え方や理念は、どのような経験から導きだされてきたのか、本研究で は、国民全体を巻き込んだ政府疎開計画が実施された英国における疎開ホステルの取り組み と、政府の計画とは異なる方針により、私的な疎開として当時の理想ではなかった集団保育 ではあるもののそれ以上の意味を付加するハムステッド入所制乳幼児保育施設の取り組みと の比較から、親子分離に共通する経験と方針に関する両者の差異を明らかにすることを目的 とした。

2.研究の視点および方法

 本研究は、公的な疎開と私的な疎開における比較検討を行うのであるが、公的な疎開 事業である疎開ホステルに対して、私的な疎開の一つとして入所制乳幼児保育施設での取り 組みを取り上げた。これらの比較を通して分かったことは、政府が考案した公的な計画が誰 を対象として実施され、私的疎開は何のために存在するに至ったのかということである。
とりわけハムステッド入所制乳幼児保育施設を取り上げる理由は、公的疎開とは異な り、戦時疎開において専門的な援助を提供するための実践的試みに重点が置かれたからであ る。それは結果的には、当時先進的な方針と考えられていた家庭的な環境での代替的養育で はなく、時代に逆行したかのように一見思われる集団保育を基本としたケアとなった。
  そこで本研究では、公的・私的それぞれの疎開の取り組みについて、項目立てて検 討し、さらに共通点と相違点に区別された項目ごとに、疎開の目的と入所施設の設置目的を 照らし合わせて考察を加えることとする。その上で、考察から導かれた結果について両者の 親子分離の方針について比較検討を行うこととする。

3.倫理的配慮

 今回用いる資料は著作権保持者の許可を得た上で入手し、個人情報が特定されないよ うに配慮した。また、インタビューに関しては本人の了解を得たもののみを使用することとした。

4.研 究 結 果

 ハムステッド入所制乳幼児保育施設(以下、ハムステッドの施設と記す)に関する報 告書では、「強制収容所で育った子どもたちの問題は、過去30年間に、発達についての文献 の中で非常に重要視され、そしていろいろな側面からみた新しい資料もつけ加えられてきた 。われわれの報告においては、この重要な要素の影響を、両親の不在ということの中で起こ る人格のゆがみ、という観点から研究してきた」1)と述べられている。このような新しい 視点を提示したであろう実践と疎開ホステル実践との比較を検討した。その結果、両者の異 なる点は以下の①?④の4点によって説明される。
  ①時期:ハムステッドの施設が設 置された時期は、一回目の政府疎開計画の修正が求められた結果、二回目の疎開において疎 開ホステルが設置された時期と重なる。一回目の疎開は、政府疎開計画が家庭的な環境での 代替的養育を重視したことから、空襲や爆撃の危険性が高い都市から児童を疎開されるか親 の手元で養育するかの選択が迫られた疎開であり、都市で働くために親が残る場合の疎開に ついて児童を疎開させた半ば強制的な側面もあった。その結果、様々な問題を疎開児童が示 したことにより、政府疎開計画の修正が求められた流れの中で新たな社会資源が必要となり 、民間の財源と規模の異なるハムステッドの施設が設置された背景があった。
  ②対 象者:それぞれの施設の入所背景は、疎開ホステルが政府疎開計画において実施された家庭 的な環境での代替的養育の結果、治療的な援助が必要となった疎開児童を対象としていたの に対して、ハムステッドの施設は、政府疎開計画も含めた様々な背景をもつ疎開児童を対象 としていた。ハムステッドの施設では、戦争の爆撃によって家族全員が家から追い出された 結果一時的に生活場所を必要としている疎開児童、一回目の疎開以来、当時の避難場所とな っていた地下鉄のトンネルやプラットホームで夜を過ごすという落ち着かない生活を繰り返 していた疎開児童、政府疎開計画に則って一度は疎開を経験した児童で疎開ホステルが対象 としている疎開児童のなかでも疎開先に留まらなかった疎開児童、その他、家族の離散や疾 患などの影響で家庭に帰れない疎開児童などが共に生活することになった。つまり、ハムス テッドの施設は政府疎開計画の枠から漏れた者に対しても取り組まれた試みであったことが 分かる。
  ③方針:戦時疎開の与える児童への影響について、疎開ホステルでは、当 初親子分離を経験した後の親の度重なる訪問は児童に別れるときの悲しみを持続させるため 、好ましくないと考えられていた。一方で、ハムステッドの施設においては、当初から親子 分離には時間をかける必要があると考えられていた。児童は別れを繰り返すたびに感情が不 安定になることを踏まえ、突然長期にわたって親子分離を経験することによって傷つけるよ りも児童の納得と回復を待つことが好ましいとして、入所する最初の段階からこの方針が採 用された。両者の違いは、一度親子分離に失敗した後の問題の表出に関わる疎開ホステルの 視点と、最初の親子分離を経験する中で表出される問題に対しての関わりを含めたハムステ ッドの施設での視点があったと理解できる。
  ④主訴:疎開先で馴染めなかった児童 は、疎開そのものによる影響としてよりも、疎開をきっかけに潜在的にあった家庭内での問 題が影響して問題が表出されたと見立てられるようになっていった。それは、疎開とは別の 観点として、連続的な親子の理解を必要とするものであった。
  このように方針や条 件の異なる二つの戦時疎開における取り組みが、同時期に平行して行われていた。そして、 親子分離の影響を小さくする方法について同じ課題を持ちながらも、疎開ホステルでは治療 が先行した発想の元で取り組みがはじめられ、他方、ハムステッドの施設では週末を親子で 過ごす等、親子のあり方に自由な面を持たせた取り組みが政府疎開計画と在宅養育の間に位 置を占めながらはじめられた。こうして戦時疎開の取り組みはあらゆる角度から政府疎開計 画を見直すきっかけとなり、平素の児童の社会的養護のあり方そのものを問いはじめたので ある。
  それは、国民を巻き込んだ政府疎開計画であったからこそ社会問題になった のであり、そのような背景の中、国家プロジェクトとは異なるハムステッドの施設での取り 組みも一つの検討材料として寄与するところがあったと考えられる。今後の課題として、両 者の共通点を比較することで戦後児童ケア施策につながる児童への援助の理念の形成過程を 見出していきたい。
  1) 牧田清志他監修(1982)『家庭なき幼児たち(上)(Freud , A. (1973) The Writings of Anna Freud, Volume Ⅲ)』、岩崎学術出版社、序文、p.8。

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