自由研究発表児童福祉6  本塚 真弓

発達障害児をもつ母親の実態と支援に関する研究
 -A市における実態調査を通して-

日本福祉大学大学院社会福祉学研究科研究生  本塚 真弓 (会員番号7212)
キーワード: 《発達障害》 《育児不安》 《障害受容》

1.研 究 目 的

 発達障害者支援法において,わが国の法律の中に発達障害が初めて位置づけられ,支援 の対象に本人と家族が明記されていることは画期的と言えよう.しかし,母親が子どもの発 達に遅れのあることを認識し,ある程度受容していないことには福祉サービスの申請に際し て抵抗感が生じ,利用にまでつながらない場合がある.つまり,母親が発達障害に関する理 解を深め受容し,行動できることが福祉サービスの利用に大きく関与する.現状においては ,障害受容などをめぐる母親の心理状態に着目しつつ,福祉,保健,医療,教育などを包括 的に捉えた上での支援については,十分に検討されているとは言い難いと思われる.そこで, 多様で複雑な傾向にある発達障害児をもつ母親の育児不安と障害受容を考えることは,母親へ の支援における現状の課題を考察する一助になり得ると考えた.
  本研究は,2008年 9月に実施した発達障害児をもつ母親への調査結果を分析し,育児不安と障害受容などの実態 を明らかにすることで母親への支援について検討する.

2.研究の視点および方法

 本研究での「発達障害児」とは,発達障害者支援法第2条の定義,およびその疑いはあ るが診断を受けていない子どもも含み,就学前の子どもとする.
  調査対象は,中核 市であるA市内にある知的障害児通園施設,児童デイサービス,障害児短期療育事業(以下 ,3園)を利用する子どもの母親138人を対象とした.調査内容は,母親・子どもの属性,母 親の育児不安得点,子どもの発達への気づき・診断の有無,臨床評価尺度による得点である .育児不安得点は,牧野により開発された育児不安尺度(牧野1981,1982,1989)を参考に 用いた.15項目で構成され4件法での回答となり,得点が高いほど不安度が高いことを意味す る.得点の高い方から上位群(75%より上位),中位群(25%以上75%以下),下位群(25% 未満)とした.臨床評価尺度とは,親の子どもに対する感情を測定する尺度であり,25項目で 構成されている.5件法で得点の高いほど,子どもに対して否定的な感情を抱いていると解釈 される.この尺度を用いて子どもの存在を親がどれほど肯定的に受け止めているかを検証する ことは,本研究における障害受容の概念と合致するため,障害受容の程度を測定する尺度とし て援用することにした.統計分析にはSPSS Ver.15.0 for windowsを用い,質 的変数の独立性の検定にはχ2検定を,臨床評価尺度の得点下位群(30点未満)と,上位群(30点 以上)の2群間での育児不安得点との差の検定にはT検定を行った.調査方法は,自記式質問紙 を3園の保育従事者を通じ母親に配布し,記入後は対象者にて封をした状態で保育従事者を介 し回収した.

3.倫理的配慮

 倫理的配慮として,調査は無記名であり,依頼文に調査目的,個人情報の守秘,調査へ の協力は任意であり調査協力が無き場合も不利益は生じないこと,同意が得られた場合に回 答して頂きたい,という趣旨を明記した.

4.研 究 結 果

 138人の母親のうち,99人から回答を得た(回収率71.7%).さらに,発達障害児をもつ母 親に絞り込むため,先天性疾患や身体障害など29人をのぞいた70人を分析対象とした.
  母親の年齢は,平均33.8+4.4歳(Mean±SD),子どもの年齢は,平均3歳4ヶ月+10 ヶ月(Mean±SD)であった.性別は,男児45人(64.3%),女児23人(32.9%),無回答2人(2.8%) であった.子どもの発達への気づき「あり」60人(85.7%),「わからない」9人(12.9%),「な し」1人(1.4%)であった.診断有無は,「受けた」48人(68.6%),「受けていない」12人(17.1% )であった.子どもの発達への気づき・診断の有無と育児不安得点,臨床評価尺度の得点との 有意な関連は統計的にはみられなかった.また,3園ごとの得点による有意な関連もみられなか った.臨床評価尺度の得点2群間での育児不安得点の差をみたところ,有意(P<0.001)な差がみ られた.
  以上より,改めて発達障害児をもつ母親の育児不安と障害受容は多様で複雑 であることが示唆された.有意な差のみられた育児不安と障害受容の間には強い関連があった ことから,両者は表裏一体のようなものであり,互いに大きく影響し合っていることが考えら れる.母親への支援策としてはこの両者のうち,どちらかの側面への働きかけを行うことで, もう片方の側面が良好な方向に動く可能性があるといえる.また,子どもの診断の有無に関わ らず母親の育児不安に対する支援をより早期の段階から開始し,不安軽減を図り発達への気づ きを丁寧に受けとめつつ,母親の障害受容過程を理解した上で支援者が母親を受容する姿勢で 接することが望まれる.母親に障害そのものに対する偏見や拒否感があり受容のできにくい段 階では,療育をはじめとした障害福祉サービスを受けるための申請手続きを母親が自らすすん で行うことは考えにくい.したがって,この段階にある母親と子どもは,多くの支援を必要と しながら現実には支援から最も遠いところに位置している現状は否めない.より早期の段階か ら母親の育児不安と障害受容過程を支援者が認識し,必要なサービス利用へとつなぐ支援を行 うことで制度面における支援も活きていくと考える.
文 献
近藤直子(2007)「発達支 援の視点に立った障害乳幼児療育体系の検討」『障害者問題研究』35(3),170-178.
牧野カ ツ子(1989)「育児不安概念とその影響要因についての再検討」『家庭教育研究所紀要』 10,23-31.
渡辺顕一郎編(2006)『地域で子育てー地域全体で子育て家庭を支えるために』 川島書店.

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