障害のある乳幼児をもつ家族への早期介入
-母親の主観的変容プロセスに焦点を当てて-
日本女子大学大学院 一瀬 早百合 (会員番号5477)
キーワード: 《障害児》 《家族支援》 《早期介入》
「子どもの療育と親への支援は、いわば早期対応という織物を織ってゆく経糸(たていと)と緯(よこ)糸(いと)である」
といわれるように親への支援は子どもの療育と等価でなければならない。また早期であればあるほど、両者の比重としては
親支援の方におかれるべきであるという指摘もある。しかし、現状の対応としては、2009年の「障害児の親のメンタル
ヘルスに関する研究」の中で「障害児への直接的な働きかけが支援の中核をなし、保護者自身への配慮や支援は十分に行え
ていない点がある」と報告されている状況である。
また、親のこどもを障害受容するプロセス研究の領域の中でクライシス・ピリオドという観点での支援が重要であると
されている。クライシス・ピリオドについて先行研究の中で共通するものは、「障害が疑われたり、診断や説明を受けた時
期」という初期から早期の段階における危機的状況の指摘である。
そこで本研究では、保護者の特に母親の初期から早期の段階での主観的変容プロセスを明らかにしながら、その段階で
の支援の方法を検討するための材料を提示したい。そのためには変容プロセスに関連する要因をも丁寧に分析する必要があ
るだろう。
支援のあり方を検討するに際して、まず優先されるべきは保護者の主観的な経験である。
先行研究の理論枠組みは用いずに、語られる内容を質的研究方法に則って分析し、帰納的な仮説構築を目指す。
<データ収集の方法>
2004年に日本女子大学北西研究室よりA市B療育センターへ研究協力機関としての依頼をし、B療育センターの倫理
委員会にて承諾を受ける。2004年5月から9月、2006年11月~2007年3月、2007年5月~9月、および
2007年11月~2008年3月に開催される月1回の育児支援グループに4クール分の参与観察を行った。そのグルー
プに参加した23名すべての母親にフォローアップ面接を実施した。
<対象の概要>
23事例の子どもの障害の内訳は、ダウン症8名、重症心身障害児6名、脳性麻痺4名、精神運動発達遅滞+自閉症
の疑いが4名、筋ジストロフィー症が1名である。子どもの年齢は8カ月から2歳2カ月である。母親は、有職者が2名
で21名は専業主婦であり、年齢は23歳から43歳であった。経済状況は23事例すべて所得税課税世帯であり、内4
名は特別児童扶養手当や児童手当の所得制限を超える収入状態であった。
<データの収集と種類>
分析課題 |
収集場面 |
データ源 |
分析方法 |
主観的な変容プロセスおよび関連する要因 | グループワークにおける発言 | ビデオ録画から逐語化
|
グラウンデッドセオリーアプローチに準じて分析
(Strauss&Corbin) |
フォローアップ面接 | ICレコーダーの録音を逐語化 | ||
育児支援グループのアンケート | B療育センター診療録 | ||
客観的な対人関係の評価
|
育児支援グル―プにおける言動 | 療育センター診療録 (SW,Nrs,児童指導員、保育士によるコンセンサスデータ) |
我が子への対応、他の母親との関係、スタッフとの関係という軸で時系列に整理 |
子どもの状態 | |||
ビデオ録画 |
調査のフィールドであるB療育センターの倫理委員会において承認後、23事例個別に研究の目的と個人情報の守秘 性等を説明した。その上で公表について書面にて承諾書に署名をして頂き、倫理的配慮を期している。
4.研 究 結 果早期の段階における母親の主観的変容プロセスは<自己>と<関係>が循環しながらすすんでゆくということが明らか
となった。また、主観的な経験と客観的に観察できる対人行動パターンとの間には、相関があることも明確となった。
さらに、これまでの研究で指摘されている結果が実証的データ分析からも得られた。障害受容プロセスに関連する要因
として①子どもの障害の要因、②障害や診断の説明の要因、③親をとりまく家庭環境や家族問題の要因、④社会的要因があ
げられているが、これらを<関係>という視座で捉えなおすことを提示したい。特に母親にとって重要な他者である夫と、
障害のある我が子をめぐる苦悩を共有できるか否かの関係性が、変容プロセスに関与する要因として強く影響を与えていた。
次に、子どもの障害特性が母親と子どもの関係及び、母親と医療者を中心とする他者との関係を規定することが明らかとな
った。
これらのことから障害のある乳幼児をもつ家族への早期介入においては、①子どもの障害特性と②保護者の関係のもち
方という視点から、支援の方略を立てることが重要になるであろう。