英国里親ケアにおけるリジリアンス Ⅲ
-教育保障とARCH Projectを中心に-
華頂短期大学 山川 宏和 (会員番号6407)
キーワード: 《リジリアンス》 《教育保障》 《ARCH Project》
2008年に児童福祉法が改正され、我が国の里親制度に新たな方向が示された。短期里親という区分がなくなり、養育
里親と養子縁組を前提とした里親が区別された。また、養育里親の認定に一定の研修修了が条件となったほか、里親ファ
ミリーホームを第2種社会福祉事業の「小規模住居型児童養育事業」として制度化した。また、都道府県が里親に対する
相談・援助等の支援を業務として行うことを明確化するとともに、その業務を一定の要件を満たす団体に委託できるよう
になった。
子ども・子育て応援プラン(2004)が、平成15年度に8.1%だった里親委託率を平成21年度末までに15%にすること
を目標にして以来の、里親委託拡充は、我が国の児童養護施設委託偏重という状況を解消し、子どもの権利条約の遵守に
も繋がり、望ましいが、その過程で生ずる諸問題にも対処しなければならない。たとえば、年長児童の増加、困難児童の
増加、里親委託回数の増加、実親との接触などである。里親に対する相談・援助等は、NPOや里親会などの民間団体に委託
して行なわれることが想定されるが、その充実は、里親の開発・雇用・継続に大きな役割を果たすことになろう。
戦後一貫して、養護児童の里親委託を積極的に進めてきた英国の里親ケアでは、近年、里子の成育後の不遇な環境や、
里子の教育達成レベルの低迷が、大きな問題となっている。
そこで、英国の里親ケアにおける鍵概念の1つであるリジリアンス(resilience)を本年も取り上げて、リジリアン
スが里親ケアに果たす役割について考察する。それは、(1)不遇な環境で成育した里子が適応力であるリジリアンスを
獲得することで、不遇な環境のサイクルから脱することができ、また、(2)そのリジリアンスの涵養のためには里子へ
の教育が不可欠であるため、英国政府が目指す養護児童の教育改革・改善、生活改革・改善の内実を明らかにすることが
出来ると考えるためである。
研究の視点としては、教育技術省が発表した白書『Care Matters』と緑書『Every Child Matters』(ECM)、および
民間児童福祉団体Barnado'sが行っている"ARCH Project"に着目した。『Care Matters』は、養護児童の生活に一大転換
をもたらす重要な政策文書であるが、リービングケアや安定した里親委託などと並んで、教育保障を大きな柱としており
、英国政府が社会的共同親(Corporate Parent)として養護児童に果たす役割を具体的に示している。9億9000万ポンド
に上る教育財政支援と、養護児童1人につき年間500ポンドがソーシャルワーカーを通して個別の教育支援に用いられるこ
とが明記されている。
また、ECMの実施計画は、2003年から2008年までの5年間に、養護児童の教育レベルをGCSE(義務教育修了試験)を中
心に向上させることを目的にしており、達成度を検討することで、養護児童の教育保障が如何に行なわれたかを明らかに
することが出来る。
さらに、英国の民間児童福祉団体Barnado'sが進めているARCH(=Achieving Resilience,Change and Hope)
Projectは、養護児童のみならず、心理・行動上の問題を抱える児童にResilienceの涵養を通して生活状況を改善してい
こうとする取り組みであり、教育を含めたresilienceによる不遇な環境改善の好例である。以上の視点を基にした記述的
な分析を行なうこととする。
公刊されている資料を主として使用するが、個人的に知りえた場合は仮名とするなどの倫理的配慮を行う。
4.研 究 結 果ARCH Projectの実践により、リジリアンスの涵養のためには、右図のような6つの領域における里親、里子とソーシャ
ルワーカーによる連携した取り組みが必要であり、里子にとって、教育的レベルの向上が、自尊感情や関心のあるものへの
積極的な参加を促す重要な要素であることが明らかになった。
また、10科目まで受験できるGCSEについても、すべての児童のうち95%が1つ以上合格しているが、養護児童経験者
は43%にとどまり、大学進学率も全児童の37%に比べてわずか1%にとどまるなど、依然、深刻な状況にあることが明ら
かになった。また、10-11年生(14-16歳)の時点で、1回の委託のみ経験児童は、57%が1つ以上のGCSEを取得したのに
対して、5回以上の委託変更を経験した児童は、25%の児童しか1つ以上のGCSEを取得できないなど、委託変更が教育レベ
ルの達成に大きく関わっていることが明らかになった。一方で、10科目中、5科目でA-Cの高評価を得られた児童は、2006
年時点で5%程度であったものが、14%にまで向上するなど、徐々に格差が縮小しつつある。
Resilience in Vulnerable Childrenを基に作成)