自由研究発表児童福祉5  金 潔

家庭環境のなかで成長する子どもの権利
-中国の取り組みを通して養子縁組と里親養育の関係について考える-

岡山県立大学  金(JIN) 潔(JIE) (会員番号4980)
キーワード: 《子どもの最善の利益》 《養子縁組》 《里親養育》

1.研 究 目 的

 中国では、子どもの権利条約に定める子どもの家庭で成長する権利を保障するという理 念から、社会的養護を必要とする子どもの養育を親族養育、養子縁組、里親養育、施設養護 の順で進めており、近年では特に養子縁組、里親養育を強く推進している。本研究は、中国 の取り組みを通して、家庭環境のなかで成長する子どもの権利について、養子縁組と里親養 育の関係から検討することを目的とする。

2.研究の視点および方法

 日本では社会的養護の一環として里親養育が位置づけされ、2008年に児童福祉法が改正 、2009年から里親が「養育里親」と「養子縁組を希望する里親」に区分され、里親制度が大 きく変わろうとしている。日本の里親委託では養子縁組をしない場合は、高校卒業するまで の養育ないし18歳に達して自立させることを目標とする長期養育がほとんどである。一方、 中国の要養護児童57.3万人のうち、45.4万人は親族による養育であり、全体の79.2%を占めて いる(2005年現在)。親族に育てられることは、子どもにとって心身の安定につながり、最良 の策と考えられている。また2006年の国内養子縁組数は3.9万人、国際養子縁組数は1万人であ った。養子縁組には、子どもの家庭で成長する権利の保障という視点が重要である。家庭復帰 が不可能と判断された場合は、その子どもが一生家族の一員になれる恒久的な親と家庭の存在 が必要であり、積極的に養子縁組を活用することが望ましいと考える。今回、中国での養子縁 組の取り組みを通して、子どもの最善の利益を保障するという視点から社会的養護における養 子縁組と里親養育の位置づけについて考える。
  筆者は2001年以来、中国各地の児童福 利院、里親委託管理事務所、民政部門、里親家庭を訪問し、具体的な取り組みについて聞き取 り調査を継続してきた。これらのデータを中心に、収集した資料や関連文献を基に検討する。

3.倫理的配慮

 日本社会福祉学会の研究倫理指針に基づき、調査対象者に研究目的・調査の主旨を説明 し、調査対象者の匿名性の確保やプライバシーの保護等について十分な説明を行い、同意を得 た。また紛失・漏洩することのないようにデータの管理に十分留意する。

4.研 究 結 果

 要養護児童に対する施策、実践に関して、中国はこの20年間多くの変革を経てきた。 1992年に子どもの権利条約を批准し、同年に中華人民共和国養子縁組法(以下養子縁組法)を 制定した。子どもの権利条約の前文に掲げられた「子どもの家庭環境のなかで成長する権利」 の理念に沿って、1999年に養子縁組法は次の2点を中心に改正された。1つ目は、養子縁組条件 が適宜緩和されたことである。従来の規定では養子縁組をする人は子どもがいない人に限定さ れ、また養子にできるのは一人だけに限られていた。改正法では、より多くの要養護児童の家 庭で暮らす権利が守られるように、「孤児や障害児及び社会福祉施設が養育している親の行方が 分からない児童を養子とする場合は、養子縁組をする者に子がなく、養子とする児童は一人に限 られるという規定の制限を受けない」とされている。改正法の2つ目は、養子縁組届け出の手 続きが統一されたことである。また、「外国人の中華人民共和国における養子縁組実施規則」 の修正が加えられ、養子縁組の手続き、管轄、証明についていずれも具体的かつ明確に規定さ れた。養子縁組法の改正にともない、中国民政部(日本の厚生労働省に相当)は養子縁組の手 続きの規範として、同年に「中国公民養子縁組登録方法」の通達を出した。さらに国際養子縁 組について、国が責任を持って管理することを定めた「国際養子縁組に関する子の保護及び協 力に関する条約」(ハーグ条約、1993年)を2005年に批准した。
  中国民政部は「里 親委託暫定管理規則」を制定し、2004年から施行している。中国の各地では「里親委託実施 方案」を策定し、独自の取り組みを行っている。「里親委託暫定管理規則」の第3章第8条で は、里親は子どもの養育を目的とし、18歳未満の子どもを養育する者と規定しており、これ はいわゆる養子縁組によらない里親である。一方、中国の要養護児童の約9割は親のいない子 どもであり、しかもその9割強が障害児である。このため子どもの委託が長期化する傾向と、 実親の元に帰る可能性が極めて低い。長期里親に委託された子どもの中には、その家庭の一員 になりたいが、里親の方は「養子を得るための里親ではない」ため困惑し、里親と里子の関係 がうまくいかず、複合的な問題を引き起こしたケースもあった。
  A市児童福利院が委 託した192名の里親を対象に実施したアンケート調査で(呉魯平ら、2005年)、「養親になる 動機」について、「互いの感情が深まった」が87.9%で最も高く、「子どもの将来が心配」が 40.4%、「子どもが可愛い」が21.2%などであった。特に「子どもの将来が心配」のなかには 、障害のある子どもを委託された里親たちが措置解除後の子どもたちの将来が不安で、養子縁 組を希望したケースもある。この調査結果を踏まえ、2006年、A市児童福利院は「里親委託か ら養子縁組への変更方法」を制定し、養子縁組可能なケースは積極的に縁組を進めている。
  中国は実親が育てられない子どもに家庭を与えることが、子どもにとって最善の福祉 であると位置づけている。養子縁組制度は大変意義のある制度であるが、障害児を養育する里 親から養子縁組へと変更した家庭をいかに支援するかが大きな課題である。また要養護児童の ニーズに応じた養子縁組や里親養育のあり方を十分議論していくことが望まれる。
  遺棄された障害児が実親のいる家庭で成長する権利を保障されるように、新たな家庭 環境のなかで成長する子どもの権利を尊重するうえでも、経済的保障として障害児手当等の法 律の制定は急務であり、真の子どもの最善の利益の保障と考える。

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