自由研究発表児童福祉4  徳永 祥子

児童福祉施設におけるライフストーリーワーク
-日本版モデルブックを用いた試み-

○ 大阪市立阿武山学園  徳永 祥子 (会員番号6671)
帝塚山大学  才村 眞理 (会員番号3762)
キーワード: 《ライフストーリーワーク》 《子どもの権利》 《アイデンティティ》

1.研 究 目 的

 15年前に日本が批准した『子どもの権利条約』は、子どもの「知る権利」や「参加する 権利」を保障している。わが国では、児童福祉施設や里親などの社会的養護のもとで暮らす 子どもが3万人以上いるが、施設入所理由の説明や子どもが置かれている環境に関する告知 は充分なされているだろうか。一般家庭で暮らす子どもに比べると、児童福祉施設で生活する 子どもが生活の中で自然に自らの生い立ちや家族史に触れる機会は少ないことが予想される。 長期間に渡ってこのような状態を放置することは、子どもがアイデンティティを構築していく 過程で障壁になりうる。さらに問題なのは、「何を伝え、何を伝えないのか」という支援者側 の意思決定は、おのおのの価値観や経験及び能力に大きく左右されているという現状があり、 担当者の質の差が子どもの権利保障の差に直結するという不公平な状況が生じていることであ る。
  これまで述べた現状を改善するために、発表者らの所属する研究会では、ライフ ストーリーワークというツールを用いることを企図した。その理由の一つは、ライフストーリ ーワークは子どもの権利を保障するという観点が含まれているからであり、もう一つは、ライ フストーリーワークを行う過程そのものが子どものアイデンティティの構築を支援する効果が 予想されるからである。
  そこで、われわれは、英国のライフストーリーブックの日本 版モデルブック(以下、ブックと記す)を作成し、モデル実施した結果をもとに、我が国の実 践においてこのブックがどのようなメリットやデメリットをもたらすかを明らかにする。その 上で、ブックを実施する際に支援者が感じる葛藤や迷い、障壁などに着目しながら、ライフス トーリーワークをより広範囲かつ普遍的な実践として展開していくための方策を研究する。

2.研究の視点および方法

 本研究は、関西地区の実践者と研究者から成るライフストーリー研究会によって行われ た。英国BAAF(British Association of Adaption and Fostering)刊行のライフストーリー ブック'My Life and Me'及び手引きを参考にブック及び手引きを200部作成し、2008年度は8事 例についてモデル実施した。実施対象は男5名、女3名、実施者は児童福祉司3事例、児童心理司1 事例、児童自立支援専門員3事例、施設心理士1事例であった。また同時に、実施にあたっては、 'Life Story Work'(Ryan,T and Walker, R. 2007)の日本語訳に取り組み、実践方法やリスク についても事前に学習した。
  実施後は研究会メンバーが実施者へ個別にインタビュー 調査を行った。項目は、①実施内容について、②モデルブックがあることのメリットとデメリ ットについて、③子どもにとっての効果とリスク、④実施者側の課題と評価、⑤今後の課題、の 5点である。
  本発表では、支援者が子どもの感情を扱う際や新たな事実を伝える際に葛 藤や不安を感じたという点に着目し、その過程でブックがどのような意味をなしたのか分析す る。同時に、ブックを使用せずにワークを行った際の経験を踏まえ、ブックのメリットとデメリ ットを整理する。

3.倫理的配慮

 本研究においてブックを試行した対象児童の中には、現在も児童福祉施設で暮らしている 者も含まれることから、発表に際しては匿名性に配慮し、個人が特定されないようにした。ま た、ライフストーリーワークを実施することで子どもと支援者に心理的負担がかかることが想定 されたため、児童相談所と生活担当者の相談体制や研究会でのケース検討などのバックアップ体 制を作り、実施した。

4.研 究 結 果

 主なメリットは、ブックが一定の「枠組み」を提供している点であることが分かった。具 体的には、①ワークの内容が可視化されるため当事者や関係機関の理解や協力を得やすい、②内 容や流れをある程度予測できるので支援者側が危険を回避する形でプラニングすることが可能、 ③否定的もしくは肯定的な面だけに偏らず、一定の範囲内で子どもの話を「聴き」「受け止める 」ことができる、④聞きにくいと感じる内容であっても、「ブックが聞いてくれる」ことから支 援者の感情や力量に左右されにくい、⑤ライフストーリーワークとそれ以外の時間の区別がしや すくなる、などであった。
  これらは、①ライフストーリーワークの認知度が高くない、 ②子ども対する情報提供や真実告知に対する統一の価値観が形成されていない、③退行あるいは 行動化の可能性が想定される支援は関係者の理解が得にくい、といった我が国の現状と照らし合 わせて考えると、ブックの「枠組み」がもたらすメリットは大きいといえるのではないだろうか 。
  デメリットとしては、①項目が詳細で多すぎる、②子どもによっては扱えない項目や 不適切な内容が含まれている、③絵など文章以外の表現方法の方が取り組みやすい子どももいる 、などの点が指摘された。今後、改良していく課題が残されたといえる。
  全体を通じて 明らかになったことは、ライフストーリーワークの根底にある価値や倫理に精通しておくことが 実施にあたっての必要不可欠な条件であるという点である。その上で、支援者の葛藤や不安を軽 減するためには、継続的なトレーニングやバックアップ体制の整備等に取り組む必要があること が明らかになった。
  なお、この研究は、明治安田こころの健康財団「社会的養護にある 子どものへのライフストーリーワーク―施設入所している子どもの自叙伝づくりをサポートする 方法―」(研究代表者は帝塚山大学・才村眞理)の研究成果の一部である。

↑ このページのトップへ

トップページへ戻る


お問い合わせ先

第57回全国大会事務局(法政大学現代福祉学部)
〒194-0298 東京都町田市相原町 4342

受付窓口

〒170-0004
東京都豊島区北大塚 3-21-10 アーバン大塚3階

株式会社ガリレオ 学会業務情報化センター内
日本社会福祉学会 第57回全国大会 係

Fax:03-5907-6364
E-mail: taikai.jsssw@ml.gakkai.ne.jp