自由研究発表児童福祉4  永野 咲

児童養護施設におけるライフチャンス保障に向けた教育ニード
-児童養護施設生活経験者へのインタビュー調査からみる大学等進学への影響要因-

東洋大学大学院  永野 咲 (会員番号7173)
キーワード: 《児童養護施設》 《ライフチャンス》 《教育ニード》

1.研 究 目 的

 社会的養護の多くを担っている児童養護施設は、公的に養育を行う機関であり、社会的な責任において生活する子ども のライフチャンスを保障しなければならない。しかし、退所後にも課題を抱え困難な状況に陥っている児童養護施設生活経 験者が少なくないことが知られている(松本1987;青少年福祉センター1989ほか)。
  ライフチャンスを構造的に規定するとされるものの一つとして挙げられるのが、教育システムである(小西2007)。ま た、貧困の世代間連鎖との関係から教育の必要性が述べられることも多い(青木ら1997;Goodman2006;湯浅2007;阿部2008 ほか)。さらには、リジリエンスの要素としても教育機会の重要性が指摘されている(Fraser2004)。
  上記の領域には、児童養護施設で生活する子どもの多くが当てはまることが予想される。加えて、入所以前の環境にお いて教育機会が欠如しており、施設入所を経て子どもの学業不振が顕在化する可能性が指摘される(永野2009)など、児童 養護施設で生活する子どもには教育において不利な状況があり、特有の教育ニードがあると考えられる。
  またその不利の結果が、進学問題にも表れている。従来から、一般家庭との高校進学率の差について指摘され、要因に ついて議論が重ねられている。これらを概況すると、子どもの学力・意欲の課題と制度的運営的な不備による課題が指摘さ れている(古川ら1983;小川1985;松本1987;浅井2008など)。高校進学率の現状は、2005年に87.7%となっており(全国 児童養護施設協議会2006)、全国の進学率97.6%と比すれば約10%の差となっている。比較には一定の配慮が必要ではある が、平成14年度に児童養護施設で生活する子どものうち高校進学を希望する割合が88.0%であることから(厚生労働省雇用 均等・児童家庭局2004)、高校進学における一般家庭との格差は、進学意欲によって生じている可能性が大きいと考えられ る。「意欲の格差(インセンティブ・ディバイド)」と社会階層の関係が指摘されている(苅谷2001)ことから、今後の支 援課題として、制度的な実現度に加え、意欲へのはたらきかけが重要となってくると考えられる。
  加えて、大学等進学における一般家庭との格差は依然として大きく存在しており、さらには進学希望者と実現者の割合 の開きも大きい。経済的な支援体制の不備からの指摘(早川2008)や進学から卒業までの経緯からの検討(長瀬2008)など 、大学等進学が低調である要因の研究が行われ始めている。これらに加えて上記の議論から、進学意欲との関係にも注目す る必要があると考えられる。
  そこで、本研究では、児童養護施設で生活する子どもの大学等進学において選択に影響を与えているものを明らかにし 、その上で児童養護施設におけるライフチャンス保障のための教育ニードについて考察することを目的とする。

2.研究の視点および方法

上記の目的のため、児童養護施設生活経験者10名にインタビュー調査を行った。調査対象者の選定は、高校卒業時まで 在所した20歳後半から30歳前半までの方を条件に行なった。インタビューは半構造化面接により、教育段階ごとの選択肢 の状況と選択した理由に焦点をあて行った。実施期間は2008年5月下旬から同年11月上旬までであり、調査者は筆者のみ である。調査対象者の了解を取った後、ICレコーダーでの録音を行った。
  インタビューで得られたデータはカテゴリカル・コンテント分析法と質的内容分析(Mayring 2004)を参考に分析した。

3.倫理的配慮

本研究に係る調査は、日本社会福祉学会研究倫理指針を厳守して行った。加えて、重大なプライバシーに関する内容が 含まれるため、調査対象者の人権や安全を最優先するよう細心の注意を払った。具体的には、事前に①研究の目的、②デー タの匿名性が守られること、③研究目的以外でデータを使用しないこと等を書面にて説明・誓約し、同意の上で両者の署名 を行なった。また、中断も可能であることを伝えた上でインタビューを行った。

4.研 究 結 果

カテゴリー収束の過程において、進学意欲に関するカテゴリーと進学実現度に関するカテゴリーに大別された。また、 先行研究等から適当であると考えられたため、進学意欲と進学実現度を両軸とし、調査対象者のタイプを4類型した。そ の上でタイプごとに選択の影響要因について整理を行った。

  この結果、大学等進学に対する高意欲には、[明確な目標]が両タイプの影響要因であることが分かった。さらに、 高意欲に影響している[ロールモデルの存在]が[ロールモデルの不在]になると、低意欲の影響要因に変化しており、[能力] の程度は、意欲にも影響を与えていることが分かった。
  また、大学等進学の高実現度には[援助者からの促進]と[経済的保障]が共通していた。対称的に、低実現度には[援助者 からの制限]と[経済的制限]が共通して影響を与えていた。
  総じて、①明確な目標がもてるようなロールモデルの存在が大学等進学の意欲に影響を与え、②援助者の促進的態度と ③経済的な保障があることが大学等進学の実現度に影響を与えているといえる。
  以上の結果から、児童養護施設で生活する子どものライフチャンス保障に向け、①当事者活動などを活用したモデルと の出会いの提供、②施設における積極的な進路支援、③アファーマティブ・アクション的支援を視野に入れた対策が必要で あると考えられる。
  今後の課題として、よりシビアな状況におかれることが予想される早期退所をした子どもに対する調査を行い、総合的 にライフチャンス保障の在り方を考察する必要がある。 

↑ このページのトップへ

トップページへ戻る

お問い合わせ先

第57回全国大会事務局(法政大学現代福祉学部)
〒194-0298 東京都町田市相原町 4342

受付窓口

〒170-0004
東京都豊島区北大塚 3-21-10 アーバン大塚3階

株式会社ガリレオ 学会業務情報化センター内
日本社会福祉学会 第57回全国大会 係

Fax:03-5907-6364
E-mail: taikai.jsssw@ml.gakkai.ne.jp