中学生の「生きる力促進モデル」の検討
-諸問題の予防、並びにキャリア教育における援助-
久留米大学大学院心理学研究科 米川 和雄 (会員番号6795)
キーワード: 《スクールソーシャルワーク》 《自己受容》 《学校生活スキル》
現在、教育現場では、いじめ、不登校、校内暴力等があり、とくに中学生における件数または割合が高い。一方、
近年、職業における不安定性等から、社会状況への柔軟な対処ができるように小学生の頃からキャリア教育が求めら
れている。そして、諸問題の予防、並びにキャリアの開発において生きる力の育成が求められている(文科省, 2008)。
これまで、上記の諸問題においては、"人間関係に関わる能力"の欠如、または"学習、健康や進路等の生活に関
わる能力"の欠如が指摘されてきた。またキャリア教育においては、これらの能力の向上が求められてきた(例えば、
国立教育政策研究所, 2002)。飯田・石隈(2002a)は、学校面での人間関係に関わるスキルと健康、学習や進路決定
等の生活に関わるスキルを併せた学校生活スキルの育成が、生徒の予防的・開発的な効果に関わると示唆している。
これまで、対人関係に関わるスキルや学校生活スキルにおいて、ソーシャルサポート、健康、学業成績や学校生活満
足との関連性が報告されている(例えば飯田・石隈, 2002a)。
一方、米川・津田(2009)は、これまでの人間関係に関わるスキルの育成が必ずしも効果を挙げられなかったこ
と、並びにエンパワーメント理論で、心理学的要因が行動を生起させ、環境へ影響を与えるとされていることから、
"学校生活をよりよくする行動"である学校生活スキルを高める因子として自己受容をあげている。自己受容は、「自
己を理解し、肯定的に受けとめること」とされ、これまで、人間的な成熟性、他者受容、精神的健康、良好な対人関
係や能動的態度(Fey, 1954;板津, 1994; 宮沢, 1987; 沢崎, 1993)との関連性が報告されている。
学校生活スキル並びに自己受容とそれらに関わる資源との関連性は、二要因間の研究がほとんどで、包括的に捉
えた研究はわずかである。そこで、本研究では、生きる力を効果的に育めるような包括的モデルを提示する。文部科
学省の提唱する生きる力の要素(「課題を解決する能力」「豊かな人間性」「他者との協調性」「健康」)に対応す
る因子として、学校生活スキル、自己受容、ソーシャルサポートと健康状態を仮定し、先行研究を踏まえ、これらに
関わる因子として成長感、学習嗜好、生活満足度(健康状態に関わる)を仮定した。そして、自己受容が学校生活ス
キルに影響を与え、自己受容及び学校生活スキルが他の生きる力の要素へ影響を与えると仮定したモデルを"生きる力
促進モデル"と命名した。本研究では、生きる力促進モデルの検証を目的とする。
本研究は、スクールソーシャルワークにおける生きる力促進の一連の研究の一過程である。これまで、自己受容が
学校生活スキルを促進させるという仮定の下、実証的検討を行ってきたが、それらの知見を活かしたモデル構築と検
証にあたる研究である。
調査対象者 東京都内郊外にある2つの私立中学校424名(男子227名, 女子197名; 1~3年生; 平均年齢13.34
±0.93:年齢不明3名)を対象とした。
調査内容 ①学校生活スキル尺度(飯田・石隈, 2002; 2006):学校生活をよりよくする行動について54項目
、4件法で評価する。②自己受容測定尺度(米川・津田):沢崎(1993)の尺度を中学生用に改定した尺度で、成熟的
自己、性格的自己、身体的自己について20項目、5件法で評価する。③健康状態:安定度(心身の健康度、生活満足度
)、一般的疾患傾向(中川・大坊, 1985)について、8項目、4~5件法で評価する。④成長感:一年前と比べた自分の
成長感について、3項目、4件法で評価する。⑤ソーシャルサポート:ともだち、先輩、担任、教科担任、父母の理解・
協力について、5件法で評価する。⑥学習
嗜好:国語・英語・地理・社会・数学・理科・化学・生物・物理・体育・美術・音楽において、好きな教科の
有無を問う(本研究では合計数を用いた)。
分析 SPSS(14.0)及びAmos(6.0)を用いて、③~⑤の尺度を因子分析し、次に生きる力促進モデルのパス解
析を行った。
本研究について、対象者に協力の同意を求め、無記名による調査を行った。協力については、拒否をしても何ら 不利益を被らないことを伝えた。
4.研 究 結 果因子分析の結果、成長感、ソーシャルサポート、健康状態が独立した因子であることが確認された。生きる力の要素 の基礎統計量をTable 1に示した。またパス解析の結果をFigure 1に示した。生きる力促進モデルのある程度の適合度 (GFI=0.978, AGFI=0.916, RMSEA=0.078)が認められた。結果より、自己受容並びに学校生活スキルが、他の生きる力 を高めるための重要な因子になりえるという知見が得られた。とくに成熟的自己受容や性格的自己受容の促進が生きる 力を効果的に育む因子になると考えられる。今後、本知見を活かした諸問題の予防、並びにキャリア教育への実践が求 められる。
Table 1 生きる力の変数の基礎統計量と性別比較の結果
|
男 子(n=227) |
女 子 (n=197) |
||
|
M |
SD |
M |
SD |
成熟的自己(11-44) |
37.07 |
8.03 |
34.05 |
6.32 |
性格的自己(7-28) |
23.63 |
5.90 |
21.99 |
5.00 |
身体的自己(2-8) |
5.89 |
2.24 |
4.99 |
1.99 |
学校生活スキル(54-216) |
141.53 |
25.08 |
139.74 |
22.05 |
状態安定度(3-15) |
10.21 |
2.51 |
9.45 |
2.15 |
疾患傾向(3-12) |
10.48 |
3.00 |
10.70 |
2.74 |
成長度(3-12) |
8.71 |
1.74 |
8.14 |
1.55 |
ソーシャルサポート(6-30) |
22.84 |
4.32 |
21.82 |
4.59 |
好きな科目数(0-12) |
3.56 |
2.35 |
2.85 |
2.05 |
( )内は尺度得点範囲 †p<.10, * p<.05, ** p<.01, *** p<.001
Figure 1 生きる力促進モデル