子どもの権利擁護・救済におけるソーシャルワークの必要性とその実践課題
-公的子どもオンブズパーソンの活動に着目して-
大阪市立大学大学院 渡邊 充佳 (会員番号7041)
キーワード: 《調整機能》 《制度改善》 《独立・第三者性》
日本において権利擁護をソーシャルワーク(以下、SW)の主要な役割機能と位置づける
議論が本格化してきたのは1990年代後半からである。子どもの権利擁護に関しても、主として
虐待問題に比重が置かれ、学校教育における子どもの権利擁護の課題に社会福祉・SWがいかに
関わるかという議論は十分になされてこなかった。スクールソーシャルワーク(以下、SSW)
導入に関わってようやく、いじめ、体罰等もSWにおける権利擁護の課題としてとらえられるよ
うになってきている。そこでは、教育と福祉の垣根を超えて、子どもを中心に据えた権利擁護
がいかにして可能かという課題が提起される。さらに、学校・施設・地域等において、子ども
を権利の主体として位置づけた権利擁護実践としてのSWをいかに展開していくか、そのプロセ
スがいかにして「子どもの最善の利益」へと結びつくのかについての検討は大きな課題として
残されている。
上記の課題を検討するにあたり、多大な示唆を与えてくれるのが、
1999年に日本で初めて条例により制度化された子どもの人権擁護・救済のための公的第三者
機関「川西市子どもの人権オンブズパーソン」(以下、川西オンブズ)の活動である。川西オン
ブズは市長の附属機関であり、従来の児童福祉機関や教育相談機関とは法的位置づけが異なる
。しかし、その活動については、川西オンブズ関係者によってSWと類似している、あるいはSW
そのものであるといった指摘がなされてきた(堀 2003;瀬戸 2003;住友 2001;吉永 2003な
ど)。最近では住友(2009)が、川西オンブズの活動とSSWの理論・実践の比較検討を行い、両
者に多くの類似点があることを指摘している。また、川西オンブズは設置当初より、教育、福
祉、その他人権に関する諸機関のコーディネーター的役割(川西市子どもの人権オンブズパー
ソン事務局 1999)が期待され、実際に諸分野の垣根を越えた連携を行っている。本研究では、
川西オンブズにおける子どもの権利擁護・救済活動の実際を、SWとの共通性および差異に照ら
して検討し、そのことを通じて改めて子どもの権利擁護・救済におけるSWの必要性を明らかに
する。加えて、SWが権利擁護実践として展開するために重要と考えられる課題を提示する。
川西オンブズにおける子どもの権利擁護・救済活動とSWとの比較検討にあたって、第一 にSWおよび児童福祉の領域においてクライエントの「権利」や「権利擁護」がどのように論 じられ、またどのような場において実践されてきたかについての整理を行う。その作業をふま えて、第二に、川西オンブズの年次活動報告書である『子どもオンブズ・レポート』の検討や、 川西オンブズの活動に関する先行研究の検討、論点整理によって、SWとの共通性および差異を明 らかにする。
3.倫理的配慮発表者は川西オンブズ相談員として勤務しており、守秘義務を遵守している。また事例 に触れる場合でも、すでに他の著者によって対象者が特定できないよう匿名化され、加工が施 されている記述を引用している。
4.研 究 結 果(1)共通性にみるSWの必要性
川西オンブズにおける「相談活動」「調整活動」「調査活動」の一連のプロセスは、
SWにおけるエンパワメント・アプローチに照応する。また、対話による問題解決と社会変革
を目指す原理は、「個人と社会が互いに手を差し伸べる過程を媒介する」というSWの根源的
思想を連想させるとともに、SWの国際的定義にも合致する。川西オンブズの活動は、他に前
例がない状況で、歴代の構成員が、実際のケースと向き合い試行錯誤する中で議論を重ねて
つくりあげてきたものである。それが結果としてSWの理論的到達点に重なることは、子ども
の権利擁護・救済においてSWの価値とそれに根ざした関係調整による問題解決というSW機能
が求められることを示しているといえる。
(2)差異からみたSWの課題
日本に
おいては、従来SW機関は法制度上の福祉サービスの体系に基づいてその役割機能が規定され
、擁護されるべき相談者の「権利」の意味する内容や範囲もその枠内に限定した形で認識さ
れ、実践が行なわれてきた。これは児童福祉機関とて例外ではない。これに対して川西オン
ブズでは、子どもが真に苦痛を感じている事柄であればすべて「子どもの人権案件」として
取り扱うこととなっており、必然的に領域横断的でホリスティック(包括的)な「子どもの
権利」観を基盤とした権利擁護活動が行なわれることになる。また条例の規定により、行政
からの一定の独立・第三者性が担保されていること、制度改善の提言が職務として定められ
ていること、市の機関に対する調査権、意見表明・勧告権とその後の措置報告請求権を有す
るともに、市の機関には川西オンブズへの協力義務が課せられている。さらに、構成員は福
祉専門職に限定されず、教育・福祉・心理・医療・法律といった多分野の専門家が一緒に事
例検討を行うことで、エコロジカルな視点に基づいたアセスメントを可能にしている。川西
オンブズがその活動においてSW機能を十全に発揮することができるのは、ホリスティックな
「子どもの権利」観を思想基盤とし、法的に裏付けられた独立・第三者性と権限を有し、さ
らに構成員の専門性と多様性がともに確保されているからである。
これらの知見か
ら、権利擁護実践としてのSWを展開する上で、まずSWが擁護すべき「権利」の根拠を何に求
め、どのような広がりをもつものとして認識するのかという議論を深める必要がある。その
上で、SWのミッションを共有し、社会変革への働きかけをも承認・支援するような組織や環
境の形成が重要となろう。また、そもそも〈SW=社会福祉専門職による営為〉という議論の
枠組みそのものを疑う視点も重要であると考える。
主要参考文献(発表要旨分のみ)
堀正嗣(2003)『子どもの権利擁護と子育ち支援』明石書店.
川西市子どもの人権オンブズパーソン事務局編・発行(1999)『川西市子どもの人権
オンブズパーソンハンドブック』
瀬戸則夫(2003)『子どもの人権弁護士と公的子ど
もオンブズ』明石書店.
住友剛(2001)『はい、子どもの人権オンブズパーソンです』
部落解放・人権研究所.
―――(2009)「教育制度論的観点からの学校ソーシャルワー
ク(SSW)研究の必要性」『京都精華大学紀要』(35),123-142.
吉永省三(2003)
『子どものエンパワメントと子どもオンブズパーソン』明石書店