自由研究発表児童福祉1  大岡 由佳

市町村における被虐待児童の実態と求められるべき取組について
-虐待事例のレトロスペクティブ調査の結果から-

○ 帝塚山大学  大岡 由佳 (会員番号6721)
守口市  中村 又一 (会員番号3109)
福島大学  丹波 史紀 (会員番号4370)
キーワード: 《虐待》 《生活保護》 《市町村》

1.研 究 目 的

児童虐待の相談件数は全国的に増加の一途にある。平成12年度に「児童虐待の防止等に関する法律」が制定・施行され、平成16年度には児童相談体系の見直しとして、相談の一義的な窓口に市町村相談が位置づけられた。また、平成19年度の改正では、児童虐待防止対策の強化を図る観点から、地方公共団体の体制整備について明記された。市町村における児童虐待の対応を更に推進していくべきことが明記されたのである。しかしながら、市町村における児童虐待の取り組みについては、児童相談所や一時保護所、児童養護施設における取組に焦点が当たるようには、その実態やケアの方法論が明らかになっていない。
 そこで本研究においては、一市町村における虐待事情の実態から、市町村の虐待防止に関しどの様な取り組みが必要かされているかについて検証することを目的とした。

2.研究の視点および方法

A市においては、児童虐待防止法が出来る以前の平成9年より、4機関(児童課、子ども家庭センター、保健センター、保健所)を中心に、児童虐待問題連絡会議を設置して、児童虐待に対する取り組みを進めてきている。しかし、相談件数は増加の一途にあり、その傾向については明らかにできないままである。A市における予防やケアの観点からみた新たな取り組みを行っていくためにも、現状の分析が欠かせない。そこで、今回はA市における虐待事例を分析し、児童虐待の実態に迫る。
<調査対象と方法>
 調査対象は、20年度の相談台帳記録に登載されている平成14年から20年までのものとした。A市の児童虐待事例139世帯を抽出し、それらの個別台帳から情報を読みとるレトロスペクティブ調査とした。抽出した情報は、性別、年齢、きょうだい、両親の有無、虐待種別、虐待者、虐待の重症度、主な虐待対応機関、把握経路などであった。統計的検定にはSPSS17.0 for windowsを使用し、t検定、χ2検定、および、ロジスティック分析等を行った。有意水準は、1%と5%を採用した。 

3.倫理的配慮

 日本社会福祉学会研究倫理指針を参考に量的研究のデータについては個人が特定されないように数値化して管理保管し、事例の詳細については、対象者のプライバシー保護に最新の注意を払い、同意を得た事例についてのみ詳細な記載がなされている台帳から情報を抽出した。

4.研 究 結 果
 A市における被虐待児の受付人数の動向については、平成20年度の台帳登録者で平成14年からが13名(6.1%)15年からが7名(3.3%)、16年からが30名(14.2%)、17年からが12名(5.7%)、18年からが17名(8.0%)、19年からが65名(30.7%)、20年からが68名(31.7%)、計212名であった。被虐待児の支援数は、平成14年から平成20年において係わった、男児116名(54.7%)、女児96名(45.3%)であった。虐待分類の内訳は、身体的虐待62名(29.2%)、心理的虐待42名(19.8%)、ネグレクト101名(47.6%)、性的虐待7名(3.3%)となっていた。虐待の重症度に関しては、軽度165名(76.4%)、中度41名(20.8%)、重度3名(1.4%)、最重度3名(1.4%)となっていた。虐待家族における子どもの数は本人を含めて2.67人となっていたが、虐待が起こっている家庭には、1.95人の被虐待児数が存在した。虐待の主因者については、両親33名(15.6%)、父親26名(12.3%)、母親129名(59.9%)、継父6名(2.8%)、その他(兄含む)18名(9.4%)となっていた。また、212名の事例のうち64名(30.2%)が生活保護受給中のケースとなっていた。そのうち62名(96.9%)は母子世帯であった。生活保護を受けていない世帯の事例と生活保護を受けている世帯の事例を比較したところ、表1.に示したように、生活保護非受給世帯においては身体的虐待が多い傾向にあり、また生活保護受給世帯においてはネグレクトが全体の6割と非受給世帯と比べて多い傾向にあった(p<0.01, χ2検定)。また、表2.より、生活保護非受給世帯においては、主な虐待対応機関としては役所内にある児童課についで子ども家庭センターが関わることが多いが、生活保護受給世帯については、7割弱が児童課によって対応されている傾向にあった(p<0.01, χ2検定)。

考 察
 A市における児童虐待事例増減の動向は、平成16年度、平成19年度に一部改正された「児童虐待の防止等に関する法律」の動きに連動しているものと考えられた。一方、A市の特徴として、全国の児童相談所における児童虐待相談対応件数(平成18年度社会福祉行政業務報告;身体45%、心理16%、ネグレクト37%、性的3%)の割合と比較すると、ネグレクトの割合が極めて高い結果となった。これは、重症のケースは児童相談所に、比較的軽少のケースが市町村に流れていることを意味していると考えられる。また一般家庭の子ども数と比較すると虐待家庭では多子の傾向にあり、きょうだいが同時に虐待を受ける可能性が高いことが明らかになった。また、きょうだい類別の存在をみたところ、妹弟がいる場合よりも、姉兄がいる場合の方が虐待を受けやすかった。下の子どもが被害に遭いやすいことから、子どもが増えることで親の養育の余裕がなくなっていることも想定された。なお、母親の6割が虐待の主因者となっていたが、これは全国の児童相談所調査統計の知見と合致していた。
 虐待と生活保護の関連から考えられることは、生活保護世帯においては、非生活保護世帯に比べて、親の子どもへの接触の仕方が異なることである。保護世帯の事例の詳細から、虐待を行う親は精神疾患を抱えている場合も多く、症状のためにネグレクトとならざるをえない事例もあることが確認できた。親の特性や子どもを抱える力に配慮しつつ、他機関の連携で子どもの虐待に関与していく必要があることが明らかになった。なお、虐待対応機関については、生活保護世帯ではより児童課で関わることが多かったが、これは役所内で生活保護課と児童課が連携をとって支援する必要性があったことを意味していると考えられた。
ま と め 
 児童虐待の対応について、市町村は児童相談所と対象者の重症度の点ですみ分けがなされていることが明らかになった。また、法律改正によって虐待相談の件数自体が増加していることから、相談に至っていなくても日ごろから潜在的な虐待が地域に埋もれている可能性が想定された。同時に、行政職員や市民の虐待に対する意識の変化が、相談件数増加のみならず、虐待防止や虐待早期対応・ケアにも結びつく可能性をも秘めていることが推測された。市町村においては、施設等ではなく在宅生活を送り続けるネグレクト等の虐待ケースが多いため、如何に地域・市民を巻き込んで予防や地域ケアを行っていけるかが課題であると考えられた。その際、子どものみならず、親自身の精神的状況を含めた個々の状況を見ていく視点が必要であることが確認できた。

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