生殖補助医療による代理懐胎と子どもの権利保障に関する考察(1)
-生命倫理上の問題と法整備の在り方について-
新潟中央短期大学 福原 英起 (会員番号3602)
キーワード: 《生殖補助医療》 《子どもの福祉》 《自己決定権》
生殖補助医療の著しい進歩により、子どもが欲しくても病気や不妊等により諦めざるを得なかった不妊カップルにとって、生殖補助医療による出産は、「親」になれる有力な手段の1つとなっている。しかし、近年の生殖補助医療に関する様々な問題がマスコミで取り上げられているにも関らず、法律を始めとする社会制度そのものが不備な態勢のまま、既成事実だけが先行し、積み上げられているのが現状である。
最高裁は判例により、生殖補助医療の利用については法的規制の必要性があることを指摘しているが、法整備はいつになるのか不明な状況にある。また、生殖補助医療技術の利用に関する行為規制についても、日本産科婦人科学会がガイドラインによる自主規制を行っているが、罰則がないため、非配偶者間による体外受精や代理懐胎が後を絶たないまま推移している現実がある。
本研究では、裁判所、日本学術会議、日本産科婦人科学会、法制審議会、厚生科学審議会等の裁判例や報告書、諸外国の状況も併せて検討しながら、リプロダクティブ・ライツや子どもの最善の利益を尊重した形での子どもの福祉の在り方を探っていくことを中心とする。
本報告は、生殖補助医療の進歩に併せて実際に惹起している問題として代理出産を取り上げながら、従来の親子関係だけに止まらず、生殖補助医療に対する裁判所の裁判例、日本学術会議、日本産科婦人科学会、法制審議会、厚生科学審議会等の報告書の整理・検討を行う。その中から生殖補助医療における親子関係の確定を図る上で、そして、子どもの権利保障を図る上でのより客観的基準の在り方を探っていく。その際に、自己決定権や幸福追求権、個人の尊厳等の憲法上の視点だけではなく、生殖補助医療制度が整備されている欧米各国の制度の比較や、子どもの権利条約やリプロダクティブ・ライツの視点も考慮しながら研究を進めていく。
3.倫理的配慮本研究は、学術論文、文献、法律等の使用を中心に「日本社会福祉学会研究倫理指針」に則って研究を遂行している。また、調査・研究を行う際には、個人の特定がなされることのないよう、個人情報の保護や人権に十分配慮しながら行っている。
4.研 究 結 果実親子関係は、「母とその嫡出子との間の親子関係は、原則として、母の認知をまたず分娩の事実により当然発生する」という1967年4月27日の最高裁判決と、「母親が50歳以上の場合は出産の事実を確認する」という1961年の法務省通達により、「分娩者=母親」というルールが確立している。
代理懐胎を始めとする生殖補助医療に対する、いくつかの事例を基に、各事例に対する裁判所の判断を整理・検討していく。また、日本学術会議、日本産科婦人科学会、法制審議会、厚生科学審議会等の各報告書の内容の変遷を整理・検討していく。
生殖補助医療について、日本産科婦人科学会が1983年に出した「体外受精・胚移植に関する見解」では、配偶者間以外の体外受精(精子・卵子・胚の提供)や代理懐胎を禁止しているだけではなく、体外受精を夫婦間に限定した、あくまでも「治療」に限って認めている点に特徴がある。このガイドラインの問題点は、体外受精そのものが厳しく制限されているため(とくに卵子を提供する場合)、夫婦間以外だと、医学的に可能で協力者がいても医療を受けられないという問題点がある。しかし、実際には、民間の産婦人科医が卵子提供による非配偶者間の体外受精の実施を公表したり、海外で代理懐胎による出産で子どもを設けたりする事例が後を絶たない。
このような状況を反映して、代理懐胎に関するルールの見直しが行われることとなった。厚生労働省の審議会では、2000年と2003年にそれぞれ報告書を公表している。これらの報告書では、子どもの福祉を優先する見解を示し、精子・卵子・胚の提供を認めることとしたが、代理懐胎については罰則付きで認めないこととした。さらに、2008年の日本学術会議の報告書は、代理懐胎を原則禁止としているが、試験的な実施を認めている。
さらに、海外での代理懐胎により子どもを設けた場合は、上記で述べたような「分娩者=母親」というルール―に必ずしもすべての夫婦が合致するわけではなく、子どもの認知や戸籍等を巡って裁判になっているケースもある。また、死後懐胎子の事例も出てきているが、とくに社会問題となった事例が、2007年最高裁決定の、アメリカの裁判所が代理懐胎によって出生した子どもが日本の夫婦の子どもであるという判決を出しているにも拘らず、日本の公序良俗に反するということで、その判決は「効力を有しないもの」とされた事件である。このような様々な検討課題があるため、代理懐胎をすぐに合法化することは難しいが、日本学術会議の報告のように、試験的な実施と並行しながら問題点の整理と解明をしていく必要があるといえる。