自由研究発表制度・政策3  白石 憲一

還付可能な税額控除制度と労働供給

群馬社会福祉大学  白石 憲一 (会員番号7275)
キーワード: 《還付可能な税額控除》 《実効限界所得税率》 《実効平均所得税率》

1.研 究 目 的

現在の日本の所得再分配政策の中心は、年金による現役世代から老年世代への世代間分配であり、現役世代間の世代内分配は限定的である。特に若年世代は非正規雇用者と失業者が多く、所得格差の大きい世代である。若年非就業者は学歴の低い未熟練な者が多い。IT化の進展や発展途上国からの輸入の増大などにより、未熟練労働者への需要減少により未熟練労働者の賃金は低下傾向にある。若年非就業者は就業した場合でも給料が低く、労働意欲が阻害されている可能性が考えられる。若年非就業者は「潜在的生活保護予備軍」として考えられ、若年非就業者に対して有効な対策を講じなければ、将来財政的負担が重くのしかかることが想定される。
 また近年離婚件数の増加などにより、母子家庭が増加傾向にあるが、母子家庭の母の所得水準はかなり低い。母子家庭の母は子育てと生計の担い手という一人で二つの役割を担うことになり、多くの困難に直面することが想像されるが、生活の安定と経済的自立をしていくことが、母本人や子どもが成長していく上で重要になってくる。2002年11月に母子及び寡婦福祉法が改正され、母子家庭等や寡婦の生活の安定と向上のために、国としての措置に関する基本的な方針が打ち出された。この改正により、「きめ細やかな福祉サ-ビスの展開」と「自立・就業の支援」に重点が置かれるようになった。
 日本の社会保障制度のなかに生活保護制度がある。しかし生活保護制度は就労を要件とせず、最低所得保障額を一律に保障するため、労働市場に歪みを与えてしまうことが指摘されている。実際ヨーロッパ諸国においても、一律に保障される手厚い失業手当等により、失業問題の解決が遅れている。諸外国の所得再分配政策において、労働意欲を高める工夫が試みられ、その1つに還付可能な税額控除制度を挙げることができる。還付可能な税額控除制度はアメリカで生まれ、現在はイギリス、オランダ、カナダ、ニュージーランド、アイルランドなどの他のOECD諸国でも導入されている。還付可能な税額控除制度とは、税額控除額が所得税額を上回った場合には、その超過金額が給付される制度である。一方日本の所得税制において控除の中心は所得控除であり、しかも所得控除額が所得金額を上回った場合でも、税額がゼロになるだけで、還付されることはない。
研究目的は、アメリカの還付可能な税額控除制度(EITC)の特徴を実証的に明らかにし、制度を日本に導入する場合に留意すべき点について考察することにある。特に若年非就業者と母子家庭の母の労働の誘因の側面を中心に考察を行う。

2.研究の視点および方法

本研究で使用する分析手法は、実効限界所得税率と実効平均所得税率である。実効限界所得税率は追加的に所得が1単位増えたときに、どの程度の割合の実効的な所得税を負担するのかを表し、実効平均所得税率は稼得所得1単位当たりどの程度の割合の実効的な所得税を負担をするのかを表す。したがって、実効限界所得税率は労働時間を選択するときに関連する誘因の指標となり、実効平均所得税率は就労・非就労の選択をするときに関連する誘因の指標となる。

3.倫理的配慮

本研究では、仮想的な世帯を想定して実効限界・平均所得税率を計測する。したがって、個人のプライバシ-を侵害する恐れはない。

4.研 究 結 果

日本では今後少子高齢化が進展することが予想され、年金保険料の増加や消費税率の上昇が議論されており、日本では逆進性が高まる危険性がある。さらに公共部門の肥大化による非効率化、巨額な財政赤字、経済成長の鈍化等により、個人の誘因を十分に考慮に入れているとは言えない従来の社会保障制度のみでは、行き詰ってしまうことも考えられる。そのため、税制と社会保障制度を一体的に制度設計し、個人の誘因を重視した還付可能な税額控除制度を設計し、有効に活用していくことが検討される必要があると思われる。
そこで本研究ではアメリカのEITCに焦点を当てて分析を行い、その特徴を実証的に明らかにした。分析の結果第1に、所得控除を廃止してEITCを日本に導入すると、若年非就業者の正規雇用の就労形態での労働供給の誘因を逆に低め、非正規雇用の就労形態での労働時間を増やす誘因も極めて限定的である。稼得所得金額によっては逆に労働時間を減らす誘因を高めるところも見られる。日本では若年者の失業率が特に高く、「潜在的生活保護予備軍」が多く控え、将来の財政を圧迫することが予想される。しかしながら若年非就業者対策としては、EITCの有効性は低く、さらなる拡充が必要であると思われる。第2に、所得控除を廃止してEITCを日本に導入すると、母子家庭の母の正規雇用の就労形態での労働供給の誘因を高め、非正規雇用の就労形態での労働時間を増やす誘因は低所得世帯に限定される。

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