フィンランドにおける包括的予防システムに関する研究
主としてガバナンスとネットワークに焦点をあてて
東北福祉大学 森 明人 (会員番号5709)
キーワード: 《予防レベルの階層性》 《他職種アプローチ》 《公私のネットワーク・パートナーシップ》
本研究は、CSW機能の展開に資する基盤システムの構築に向けて、先進的といわれるフィンランドの包括的予防システムの機能と構造を分析することを目的としている。
『Social Determinants of Health- the solid facts』(Marmot. M. et al.:1999)報告を契機に健康に影響を及ぼす社会決定要因が明らかになりつつある。EUの健康福祉政策及びWHO欧州事務局が推進する予防施策の基本的な考え方では、健康を増進(promotion)すること及び心身の病気を予防(prevention)することは、個人の問題であると同時に、社会全体の課題として位置付けている。また、同じくEUが重点政策課題としているソーシャル・インクルージョンの視点から考えても、地域の中での疎外感や孤立感など社会関係の喪失に起因する問題と心身の健康及びQOLに及ぼす影響に関しては具体的な対策が必要とされている。しかし、福祉・保健・医療分野を横断する領域であるということからも、問題解決に向けて地域レベルでの連携の枠組みを構築することには課題も多い。本研究の主題にあるフィンランドにおいても、19年度に既に実施した「フィンランドにおける予防健康増進サービスに関する研究」の結果から、多様な予防健康増進プログラムやライフコースの課題に沿った予防施策の存在が明らかになっており、いわば社会全体で予防を推進する包括的予防システムの存在が示唆されている。以上の問題意識及び研究目的で実施した20年度の先進事例の研究について分析結果を報告する。
19年度に実施した先進事例の分析結果について、EUの健康福祉政策の動向及びWHO欧州事務局がweb上で公開している調査報告書及びプロジェクト報告書を俯瞰しながら基本的な考え方及び方向性の確認を行った。その作業を踏まえて20年度に実施する事例分析のフレームを、①包括的予防システムの構造、②サービスのアプローチ方法、③ガバナンス及びネットワーク機能、と設定した。かかる視点からフィンランドのHSE(ヘルシンキ・スクール・オブ・エコノミクス)に蒐集依頼した先進事例調査報告書である「Networks of preventive and integrated care in Finland」について分析した。
3.倫理的配慮日本社会福祉学会の倫理規定にもとづき、倫理的な問題が生じないよう配慮をして研究を実施した。
4.研 究 結 果(1) 包括的予防システムの構造
フィンランドの予防型健康サービスシステムの構造は、マクロ、メゾ、ミクロのレベルに階層化された構造になっている。政策マクロレベルの領域横断的な予防施策と、コミュニティ・ベースで展開される多様な公私のネットワークとローカル・パートナーシップに基づいた地域協働型プロジェクトのメゾレベルの予防、そしてマルチ・プロフェッショナル・アプローチによる統合ケアのミクロレベルの予防からなる。それに加えて、ライフコースのニーズにそって提供される予防サービスが配置されている。フィンランドの予防システムの特徴とは、ライフコース上に配置されている予防型健康サービスと、Health in all policyに代表される健康を中核にした政策横断的かつ組織横断的という横の連携からなる包括的予防システムの特徴を抽出することができた。
(2) サービスアプローチ方法
サービスのアプローチとしては、Setting approachとMultiprofessional approachがヘルスプロモーション及び予防ケアにおける基本的な考え方及び方法になっており、介入の効果的な形になっている。生活の場や社会的文脈という人々にとって最も日常的な社会環境の中に予防健康プログラムを埋めこみ、その影響要因及び相互作用のダイナミクスをいかす。さらに役割や組織構造などの社会環境要因の調整を通して、個人の行動変容及び問題解決を目指すアプローチが方法論として効果をあげている。とりわけ、EU全体にもいえることだが、教育との連携に効果をみせており健康増進及び社会生活の改善につながっている。フィンランドも就学児童と家族と教育環境との協働をベースにして、広く地域住民とアソシエーション組織を巻き込んで推進している。
(3) ガバナンス及びネットワーク
地域ベースの新規プロジェクトで自治体間のネットワークが構築され、さらに、ローカルレベルでは公私のパートナーシップが構築されている。また、プロジェクトの目的に沿って行政組織が横断的に組織され、さらに地域における公私のパートナーシップが構築されていることがわかる。フィンランドのガバナンスにおける特徴を3つあげると、①国--広域-地域の水平的ネットワーク、③リージョン及びローカルレベルの新規プロジェクト型ネットワーク協働体制、①ローカルレベルの公私のパートナーシップの充実を挙げることができる。
本報告は、「20年度文部科学省知的クラスター創成事業(第Ⅱ期)広域仙台地域「広域化プログラム」(東北福祉大学実施分)」の成果に基づくものである。