北欧諸国間の介護システムの比較研究(1)
-デンマークのホームヘルプ自由選択制度について-
○ 大阪大学 石黒 暢 (会員番号2566)
大阪大学 斉藤 弥生 (会員番号3985)
キーワード: 《介護》 《ホームヘルプ》 《北欧》
日本では1980年代頃から北欧の高齢者ケアシステムに関する関心が高まり、研究が蓄積され、ホームヘルプに関しても、主に制度の概要や
量的充実度の面からさまざまな研究がなされてきた。北欧の福祉研究においては、北欧諸国の共通性を強調して捉える傾向が強いが、それぞれ
の国の固有性をも明確化し比較することによって、長期的には北欧福祉国家に対するより正しい認識を形成していくことにつながると考える。
本研究では介護システムにおけるデンマークの特質を検討する一環として、ホームヘルプ自由選択制度に焦点をあてて考察を試みる。
介護サービス供給において公的セクターが大きな役割を果たしている北欧諸国でも、1990年代から民間委託の動きが加速している。デンマークにおいては
2003年に全国的にホームヘルプの自由選択制度が導入され、公的ホームヘルプだけでなく、民間セクターの提供するホームヘルプを選択することが可能にな
った。また供給の多元化とともに、デンマークではサービスの標準化の動きが盛んになってきている。全国自治体連合の作成する介護サービス「共通言語」
というツールを利用する自治体が増加していることや、1998年から自治体が提供するサービスのクオリティ・スタンダードを作成しなければならないことが定
められたことも、それを端的に示している。
本研究の目的は、デンマークにおけるホームヘルプ自由選択制度の導入の背景を明らかにし、そのうえで、自治体における自由選択制度の導入状況、運用にお
ける問題点などを検討することである。
文献研究によりデンマークの自由選択制の導入背景や全国的な統計数値を把握したうえで、デンマークのスヴェンボー市において、2007年 3月上旬と2008年9月上旬の2回にわたり、高齢者福祉課の職員と介護ニーズ判定員へのヒヤリング調査、ホームヘルプの同行調査を実施した。 さらに、2009年9月にも現地調査を予定している。
3.倫理的配慮現地調査にあたっては、協力者に調査の目的、方法、データの取り扱いについて、事前に十分な説明を行い、同意を得てから実施した。 また、ヒヤリング内容を録音することについても、協力者の承認を得てから行った。
4.研 究 結 果デンマークでは1990年代頃から、公的サービスと民間サービスを競合させることによって効率化をはかり、増大する社会サービス予算を抑
制するとともに、サービスの質の向上を目指す政策が諸分野で盛んにとられるようになってきた。とりわけ、社民党・自由党連立政権に代わっ
て2001年から与党となった自由党・保守党連立政権は、「成長、福祉、革新」をスローガンとして、高齢者介護においては、質を向上させ、
行政のモノポリーを排除し、利用者が自分でどこに住みたいか、誰にどのように介護してもらいたいかを選択できる自由選択性を導入する必要
性を強調した。その一環として導入されたのが、ホームヘルプの自由選択制である。自治体に認可された、身体介護・家事援助サービスを提供
する民間事業所と、行政の公的サービスのなかから、利用者はヘルプを受けたい事業所を自由に選択することができる。デンマークでは、永続
的に要介護と判定された者は無料でサービスを受けることができるが、自由選択で民間事業所を選択した場合も、同様に自己負担はない。つま
り、サービスに必要な費用は自治体が事業所に支払うことになっている。また、認可のための基準を自治体が設定し、提供される介護の質が一
定以上に保たれるように保障している。つまり、これは「民営化」ではなく「民間委託」であり、自治体は経済責任も監督責任も負っている。
2003年に導入された自由選択制度であるが、全国の自治体における実施状況をみると、参入する民間事業所がないために自由選択が実質上不可能になっている
自治体もあるものの、家事援助においてはほとんどの自治体が民間事業所の参入を得ており、民間のサービスを選択する利用者の割合も増えつつある。一方で
身体介護については、家事援助と比較すると民間事業所の参入が少なく、民間サービスを選択する利用者も非常に少ない。参入している割合については都市部
の自治体のほうが高く、地域格差があることが明らかになった。実際に民間事業所のサービスを選択している利用者は少数派であり、サービス供給において公
的サービスが大きな部分を占めていることもわかった。
また、自由選択制度についての利用者の認知度はあまり高くなく、制度の概要やどのようにして選択すればよいのかについて、理解できていない場合も多い。
特に要介護度の高い高齢者や家族のいない高齢者は事業所を選択するという行為自体が難しく、利用者のもつ資源によって、自由選択制度が実際には機能して
いない状況もあることが明らかになった。
※本研究は「北欧4カ国における高齢者介護システムの多様性とその要因に関する比較分析研究」(平成20~23年度科学研究費補助金・基盤(B)
研究代表者:斉藤弥生)、「北欧におけるホームヘルプの民間委託とサービスの質に関する研究」(平成20~22年度科学研究費補助金・基盤(C)
研究代表者:石黒 暢)による研究成果の一部である。
※本研究の一部は文部科学省科学技術振興調整費女性研究者支援モデル育成プログラム「次世代に繋ぐ女性研究者サポート連鎖の形成」(大阪大学)
の支援により、青木加奈子研究支援員の協力を受けて実施された。制度の運用を担当されている大阪大学・女性研究者キャリアデザイン・ラボと
青木研究支援員に感謝の意を表したい。