自由研究発表制度・政策1  山本 隆

イバーフッド・ガバナンスとソーシャル・インクルージョン

関西学院大学  山本 隆 (会員番号1224)
キーワード: 《ネイバーフッド(近隣地域)》 《ガバナンス》 《インクルージョン》

1.研 究 目 的

本報告では、英国都市再生におけるネイバーフッド(Neighbourhood)レベルのガバナンスの様相を考察する。小地域であるネイバーフッド にまで自治体内分権を必要とする理論的背景を検証しながら、権限委譲の動きをもとに、ソーシャル・インクルージョンに向けたその意思決定 構造の可能性を探求し、わが国の地域福祉における小規模単位の意思決定に関する示唆を得ることを目的としている。
 現在、都市再生(あるいは地域再生)が注目を集めている。その背景には、ポスト・フォーディズム期以降、都市はその機能の収縮とグローバル化の真只中で制度 の限界を露呈させている。そこでは、社会的排除の問題が深刻化する現実がある。このような都市における社会の分裂を再統合し、社会的に排除されている人 たちを包摂する新しい意思決定の仕組みが求められている。地域の少数派を含めた複雑なニーズを取り込むためには、小地域レベルにおける意思決定の機構が 必要であり、とりわけ小地域レベルへの予算、資源、人員などを中心とする権限委譲が検討課題となる。わが国においても、地域福祉計画の策定(2000)や地域再 生法の施行(2005)などが始まっており、地域再生の取り組みが試行されている。特に市町村合併が行われ、次に道州制の議論が提起されるなど、地方自治体が 広域化する中で、小地域レベルで福祉事業を展開し、ソーシャル・インクルージョンを達成していくための鍵といえる。

2.研究の視点および方法

20世紀型の福祉国家がその路線を大きく変えた1970年代後半以来、各国は持続可能な福祉国家への転換をめざして改革を行ってきた。 国によって多少の差異はあるものの、過去数十年にわたる福祉改革は、「ガバメントからガバナンスヘ」という思潮の下で変化をもたらしてい る。本報告においてネイバーフッド・ガバナンスの実体を解明する理由は、グローバル化に伴う地域の諸問題や矛盾が深刻化しており、地域の 視野から福祉の展望を開く意義が今日非常に高まっているからである。研究の視点は、住民参画を中心としたエンパワメント、公私のパート ナーシップ、地方政府との正当性の問題、地域経営に置かれている。また研究の方法は、文献考察から始まり、地域福祉・地域再生の分野では 英国中央省庁(SEU, DCLG)や地方行政の担当者、民間機関の専門家に対してヒアリング調査を実施した。そして2008年からは、ド・モンフォル 大学ローカル・ガバナンス・ユニットと共同研究を行っている。

3.倫理的配慮

本研究では、地域再生、ソーシャル・インクルージョンをネイバーフッドという視点から捉えているが、新労働党政権の10年間の実績 を評価するもので、先端を切り開く研究であると確信している。発表の準備については、2009年4月に拙著『ローカル・ガバナンス -福祉政 策と協治の戦略-』(ミネルヴァ書房)を刊行しており、基礎的作業を終えている。発表者は1名で、単独で行う。

4.研 究 結 果
①地域再生に関する政策ストリーム

1997年に、ネイバーフッド・アプローチが新労働党政権の発足とともに始まり、社会排除ユニット(SEU)の創設など、新しい政権を特徴づける重要な政策と なった。ネイバーフッドの刷新のための国家政略(NSNR:SEU 2001)がスタートしたが、その後は社会的排除対策に限らず、ネイバーフッドを広く捉え、地方 分権や地方政治への住民参加の発展をめぐるアジェンダとして展開されていった。ニュー・ディール・フォー・コミュニティ(NDC)など、ネイバーフッドを基盤 とする多くの計画は市民の参加の基盤を形成してきた。地方自治体は「規模を小さくする」というモデルを、「ネイバーフッド・マネジメント」を必要としな い地域にも拡張したが、「市民」原理や「政治」原理と一体化してしまい、中央政府の政策意図が曖昧になった。
②政策の変更
 中央政府にとって地域再生につながるネイバーフッドへの政治的関心は持続しているものの、ネイバーフッド政策の関心は薄らいでいる。2000年初期にネイバ ーフッドの刷新に多くの政府予算が投入されたが、今やネイバーフッドへの市民参加に関する財源は減少している。1997年から10年間を経て、ネイバーフッド政 策の内容が変化し、中央政府では、ネイバーフッドへの介入が機能しなかったという議論をしている。
③ガバナンスの転換
 ネイバーフッドが、ガバナンスと都市レベルの介入における単位であることは変わりないが、公共政策におけるネイバーフッドの扱い方は変化している。新労 働党政権の初期と比較すると、ネイバーフッドの重要性はレトリックや政策において後退している。ネイバーフッドを越えた(supra-neighborhood)単位に焦 点が移っている。経済発展や失業問題に対応するため、サブ・リージョナル(sub-regional)の単位が強調されている。(HM Treasury 2007)
 地域エリア協定(LAA)に基づく地域再生や経済開発は、サブ・ローカルなレベルではなく地方自治体のローカル・レベルで行われており、英国全域でのマルチ・  エリア協定(multi-Area Agreement)を通して'シテイ‐リージョナル'という発想がとられている。政府は、より適切なガバナンスの規模を見出そうとする国  の政策プロセスを模索している。現在、政府はネイバーフッドを越えた取り組みを始めており、政策におけるネイバーフッドの役割を再規定する動きがある。
④結論
・社会的排除の取り組みは地域を基盤とした(place-based)事業で展開されている(-日本では政府レベルで貧困の把握がなされておらず、地域再生の対象地域を指定すること自体が政策課題になりえていない)。
・最近の政府文書は、地域再生・社会的排除の取り組みについてガバナンスの向上という視点で好意的な評価を示している。
・中央-地方関係からみれば、地方自治体を頭越しにして、中央政府は直接ネイバーフッドに政策誘導を行い、財源を付与するなど'トップダウン'でガバナンスを形成しようとしている。
・インクルージョンの成果としては、地域安全で効果を高めている。また高齢者ケアでは当事者によるサービス設計が実現している。反面、若者の雇用については、ネイバーフッドという狭域では雇用創出は困難になっている。

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