自由研究発表産業福祉・労働福祉  安田 三江子

障害者が「少ない」日本と仕事の仕方
-日本の雇用社会の一側面-

花園大学  安田 三江子 (会員番号3450)
キーワード: 《産業福祉》 《障害者福祉》 《制度政策》

1.研 究 目 的

 わが国では、外国に比べて、障害者とされる人が少ない。国際的にみて障害者の出現率は10パーセント程度といわれるが、日本では、全年齢層における障害者の出現率は5%、労働年齢層の18~64歳では4%である。つまり、外国で障害者とされる人は日本では一般の人としてくらしているともいえる。もちろん、これは、必要な支援が受けられず困っている人も多いということを意味しているであろうし、また、日本において支援を受けている障害者は外国においてはかなり重度とされる障害者であり、支援のコストはもっと必要とされるべきであるともいえる。
 しかし、一方、一般にいわれていることとは異なるが、障害者が障害者として扱われず一般の人として扱われていることからは、日本はインクルージョンが進んだノーマライゼーションの国ともいえる。つまり、実際の仕事の場においては多様な人材を活用し、時にやや困難のある人材も、インクルージョンしているともいえるのではないだろうか。

2.研究の視点および方法

 この研究においてはCSRなど企業の責任感や善意からの活動からではなく、人びとが生産を行っていく仕事の仕方そのものから考察していくことが重要である。仕事の仕方は大きくわけてふたつの面で構成される。ひとつはいかに生産を展開していくかであり、もうひとつは生産がどのように人によって担われるようにしていくかである。なお、これらは表裏ともいえる関係であり、互いに大きく関係し合っている。ここにおけるインクルージョンの実態について考察したい。
 この研究の深化には具体的な調査研究が必須であることはいうまでもないが、仕事の仕方のふたつの面とそこから生じるインクルージョンについて書かれた優れた貴重な文献があり、ここから始めることにしたい。『木のいのち木のこころ 天・地・人』(2005)(西岡常一、小川三夫、塩野米松、新潮文庫)である。ここには「法隆寺の鬼」までいわれた傑出した宮大工の棟梁西岡常一氏(1908-1995)、その唯一の弟子で鵤工舎という組織の形成により宮大工を近代的職業として成立させ全国的な展開での寺社建築を可能にした小川三夫氏(1947- )両名の仕事の仕方のふたつの面の記述がある(以下、敬称略)。さらに、鵤工舎における若い人材の状況が描かれているが、多様な人材を活用し、時にやや困難のある人材も、ごく当然のようにインクルージョンしていく様子が描かれている。
 もちろん、本研究が注目をしている世界は傑出した宮大工という特殊な職業人であり、その一般化による限界は当然ある。とはいえ、「西岡棟梁は法隆寺大工の最後の花ではあるが、その花は突然出てきたわけではない」(小川)のであり、また、西岡は法隆寺宮大工に伝えられていた口伝を内在化しており、突出した個人のみが展開した職業の世界の話にとどまらない。さらに、宮大工とて数ある職業のひとつにすぎない。日本における他の職業のあり方をも、また、転写しているとも考えられる。つまり、日本の人びとの仕事の仕方の凝縮がみられる面もあるともいえよう。また、文献による研究の限界もあるが、西岡、小川に関しては、関連する著作も多くかなりの傍証が可能である。

3.倫理的配慮

 文献研究であることの意義と限界を明示することにより、倫理的配慮としたい。

4.研 究 結 果

 仕事の仕方と多様な人材の育成ということに焦点をあてると、以下のことが指摘できる。
(1)木と人間の癖について
 寺社の建築にあたっては木が大切であり、西岡も小川も木の重要性を強調する。「木は人間と同じで一本ずつが全部違う。それぞれの木の癖を見抜いてそれにあった使い方をしなければならない。そうすれば千年の樹齢の檜であれば千年以上持つ建築物ができる」(西岡)
(2)木の癖の重要性
 実際の仕事にあたっては「堂塔建立の用材は木を買わず山を買え」「木は生育の方位のままに使え」「堂塔の木組みは寸法で組まず木の癖で組め」(口伝)。つまり、木の癖こそ重要であるとされる。なぜ木の癖が重要かというと、たとえば「柱の木は全部個性がある・・・地震がきたら揺れるし柱もずれる。しかしそれぞれの違った「遊び」のある動きが地震の揺れを吸収しすぐに戻る」(西岡)という実利があり、さらに「不揃いの木を組み合わせた法隆寺は美しい」(小川)のである。そしてこれは「木の癖組みは工人たちの心組み」(口伝)があって可能となる。
(3)人の癖の重要性
 木の癖組みをする工人とて同じである。「性根というのは直せるものではない。それを包容して曲がったものは曲がったなりに曲がったところに合うところにはめ込む。人とうまくやっていけなくても使い道はある。」「気にいらんから使わんというわけにはいかない。木の癖を見抜いてその癖を生かせという口伝に反する」(西岡)そして「百工あれば百念あり、これをひとつに統ぶる。これ匠長の器量なり」(口伝)ゆえに「使えんから首にしたことはない」という(西岡)
(4)現代のインクルージョン
 これらは現代においても、仕事場におけるインクルージョンとしてあらわれる。やや困難のある人材の役割もある。「計算はできない、話すのも下手な人も、家では大事な存在であり、仕事場ではなかなか役に立つ。優秀な棟梁が統率するのと違う。この人がいるおかげでみんなの心がまとまる。ボッーとした子が仕事場では役に立つ」(小川)のである。
 加えて、「気にいらん」人の中に才をみるときに、人は自らの能力を超越する力を身につけるのではないだろうか。ここにも、インクルージョンのもつ実利の作用があると考える。

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