自由研究発表司法福祉・更生保護2  菅原 好秀

要保護法主体像の新たな理論的構築に向けて
-裁判過程とナラティヴ(物語、語り)との関係論について-

東北福祉大学 菅原 好秀(会員番号4814)
キーワード: 《要保護法主体》 《ナラティヴ》 《体系的連関》

1.研 究 目 的

 平成20年度版の高齢社会白書によれば、65歳以上の高齢者人口は、過去最高の2746万人となり、総人口に占める割合(高齢化率)も21.5%となっている。5人に1人が高齢者という本格的な高齢社会を迎えている。介護保険法の制定によって、家族介護から特別養護老人ホーム・老人保健施設等の施設介護、訪問介護・ホームヘルプサービス・デイケア・デイサービスなどの在宅介護という介護の社会化が定着し、また措置から契約により、施設と利用者との関係も対等化した。このため、今まで顕在化しにくかった介護事故・介護裁判が増加の一途をたどっている。
 近代社会は個人を合理的自律と考え、また近代の法主体概念も合理的自律的主体として措定している。しかし、近代的主体像に批判的視点が投げかけられ新たな法主体像の問いかけが法分野で主張されてきた。つまり、医療過誤の「被害者」や「消費者基本法」の「消費者」、介護事故の「利用者」など、合理的で自律的な主体像、あるいは、自己決定と自己責任を担うことができるだけの近代的な法主体像という主体概念だけではすくい取ることができない「新たな法主体概念」が発現してきた。本報告では、その「新たな法主体概念」を「要保護法主体」と同定し、裁判過程に「物語」(ナラティヴ)が、新しい主体概念の創出により、裁判官の心証が法解釈に影響を及ぼしていることを立証することを研究目的とする。

2.研究の視点および方法

 訴訟における法的三段論法においては、帰結たる命法は法文を基礎として特殊事象を推定する演繹によって必然的に導出するとされている。裁判官はそのための事実を認定する作業をする。裁判官の直感、経験を踏まえ、類比、帰納などの方法論を駆使し事実を認定しそれを法文の構成要件に包摂し、法文の意味を解釈し帰結との結びつけをする。つまり体系的連関を築きながら法的判断がなされるのである。その体系的連関のなかで裁判官の心理過程などの法外的判断が法的判断に介在しうるのではないかと思う。特に医療過誤、施設の介護事故など現代的裁判といわれるものに法文のみからでは帰結しない傾向がみられる。それらの裁判においては、「要保護法主体概念」という新しい主体概念の創出により、裁判官の心証が法解釈に影響を及ぼしている。そのため保護領域が広がっているのである。「裁判過程の体系的連関のなかで、裁判官が法的判断のなかに要保護法主体という主体概念が存在し、すくなからず帰結に影響を及ぼしている」という仮説を設定した。それを検証するための作業仮説として判例を分析した。

3.倫理的配慮

 裁判例は事案によっては特定の個人を対象とする場合があるため、裁判例を、制度という視点と枠組みで検討を加えた。

4.研 究 結 果

 法分野において、「物語的法主体像」という概念が現れてきている。法律は、厳密な概念化とカテゴリー化を媒介としてその形式性において適切に作動するものと考えられている。普遍的ルールの客観的事実への厳格な適用を理念とする近代法の常識のもとでは、物語やストーリーなど情緒・感情を喚起させる「主観的」エレメントと目されるものは、法の客観性と形式性の秩序を混乱させるものとして、法とまったく無関係か対極にあるものとされていた。しかし、裁判においては、「物語」(ナラティヴ)という新たな主体概念を持ち込まざるを得なくなった理由として、
 第一には、法の世界や法の周辺は物語やストーリーであふれている。原告側が、「要保護法主体」となるために、裁判官に自己の苦痛やトラブルの物語を語る。弁護士は、依頼人の物語を可能な限り理解し、訴状や準備書面あるいは口頭弁論の中で裁判官に語りかけ、証人は自己の知る事実について語る。裁判官は、法廷に提出された様々な物語、通常、相対立する物語に耳を傾け、判決という形で当事者と弁護士に語りかける。
 第二に、要保護法主体の主体たる施設利用者は、生活そのものが保護の対象となり、生活そのものが物語であり、その語るすべてが物語である。
 第三に、要保護法主体の語りの中に重要な愁訴が非言語的に語られている。
 以上のような「語り」は現実の裁判においては法廷に「法的言説」の他に「日常的言説」が現れている。法的言説では、問題の法的定義とそれに連動する専門的言説によって法廷の中に位置づけられようとしている。民事裁判など依頼された弁護士は法的言説という専門的言説を中心に交わされる攻撃防御を経て、早期に和解へ持ち込み、有利な金銭賠償額を獲得していくという方針があり、かつそれが原告本人にとって最善の処理であるとする判断がある。しかしながら、個別的体験に根ざす日常感覚的な日常的言説を法廷に取り込むことによって、日常的語りと法的言説の間に通じた架橋を行い、裁判官は紛争当事者の日常的語りを聞きながら、それを法的に構成し、法的言説の秩序に適合させ「要保護法主体」を具現化していくのである。
 以上のように「語り」というナラティヴが、裁判過程の体系的連関のなかで、裁判官が法的判断のなかに要保護法主体という主体概念が存在し、すくなからず帰結に影響を及ぼしているという結果を立証した。

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