自由研究発表医療保健・医療福祉2  山崎 喜比古

当事者主導の慢性疾患セルフマネジメントプログラムの
  「病と生きる力」形成への新しい可能性発見

 ○ 東京大学  山崎 喜比古 (会員番号5041)
岡山県立大学  坂野 純子 (会員番号1741)
大阪市立大学  清水 由香 (会員番号3900)
東京大学  望月 美栄子 (会員番号6875)
キーワード: 《慢性疾患セルフマネジメントプログラム》 《セルフヘルプグループアプローチ》 《SOC》

1.研 究 目 的

 1980年代後半、スタンフォード大学のローリック博士らにより、慢性疾患患者が病を抱えながらも前向きで元気な人生を送っていけるよう支援することを謳った慢性疾患セルフメネジメントプログラム(Chronic Disease Self-Management Program, 以下CDSMP)が開発され、2005年ごろまでに、米国内外20カ国以上に普及され、その有効性の検証も進み、定着も見られている。
 CDSMPは、次のような新しい特徴を有する。第1は、疾患ごとに行われてきた従来の患者教育プログラムとは異なり、異種の慢性疾患患者が同じワークショップ(以下WS)に会して疾患横断的な内容で行われる点である。第2は、WSの運営が専門家によらず、リーダーと呼ばれる訓練を受けた患者・患者家族などの当事者主導で行われる点である。第3は、行動変容に焦点化された従来の患者教育プログラムとは違い、以下EPP)と呼ばれているように、病とともに生きる術(すべ)の習得(スキルディベロプメント)とやれるという自信や力の形成(エンパワメント)に向けられている、言い換えればエキスパートペイシェント(Expert Patient,英国ではこれをプログラム名に使用)としての成長がめざされている点である。
 2005年、CDSMPはわが国にも紹介され、NPO法人日本慢性疾患セルフマネジメント協会(以下日本CDSM協会)が立ち上げられ、リーダーが育成された。2006年には、CDSMPのWSが全国各地で開かれるようになった。
 我々は、日本CDSM協会からの依頼を受けて、アウトカム評価研究を行ってきた。我々は、このアウトカム評価研究において、スタンフォード大学によって提示された自己効力感を要(かなめ)とする効果指標以外に、上述したCDSMPの新しい特徴に対応した効果指標として、ストレス対処・健康保持能力概念SOC(Sense of Coherence)と生活満足度(Life Satisfaction)を世界で初めて用いることにした。
 SOCは、ユダヤ系米国人の健康社会学者アントノフスキー博士によって、1976年と1987年の著書において、健康生成論(サルートジェネシス)とともに、人生で最高のサリュタリーファクター(健康要因)として提唱された概念である。それは、逆境やストレスフルな状況下に置かれながら、その状況に成功裏に対処し健康を守るばかりかその経験を成長の糧に変え前向きに生きていくことを可能にする力(「病と生きる力」もその一つ)とされ、また、乳幼児期以来の人生経験を通して後天的に形成され発達する学習性の人生感覚であるとされている。その後、多くの縦断研究によって、強いSOCは、成功裏のストレッサー対処、健康の確保、生活満足度の向上などを予測することが実証されてきた。しかし、SOCの向上をめざすプログラムとなると、その開発と検証はいまだ極めて不十分な状況にある。
 そこで、本研究では、前述した新しいタイプの患者支援プログラムCDSMPの受講が、従来の効果指標である自己効力感などとともに、ストレス対処・健康保持能力SOCと生活満足度の向上をもたらすのかについて検証することを目的とした。

2.研究の視点および方法

 分析対象とした受講者は、2006年8月以降2008年2月までに全国各地で開催された34のWSのそれぞれを修了し、受講直前T1、受講開始から3ヶ月後T2、6ヵ月後T3、1年後T4の質問紙調査データが得られた183名の慢性疾患患者である。WSの受講者は1ワークショップ当り10人前後であり、WSは1週1回2時間半、6週=約1ヵ月半に亘って行われる。WSへの参加募集は、日本CDSM協会のウェブサイトでの案内と同協会認定リーダーによる機縁法で行われた。
 調査内容は、受講者の属性、リーダーの経験回数、健康状態、セルフマネジメント行動、健康問題対処の自己効力感、生活満足度、SOCであった。SOCには、戸ヶ里・山崎らによって開発され世界にも発信済みのSOC3項目スケール東大健康社会学版(SOC3-UTHS、但し11件法、レンジ0-30)を用い、生活満足度には、SOC29項目スケールの有意味感を構成する1項目「私の日常生活は喜びと満足を与えてくれる」を11件法(0-10)で用いた。
 分析は、前二つの変数群を制御変数とし、健康状態以下の変数について、線形混合モデルにより分析し、多重比較(Bonferroni法)とEffect sizeを用いて受講前後1年間の経時的変化を検討した。

3.倫理的配慮

 本研究は、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得て行われた。調査実施を前に、調査対象者には、調査は強制ではないこと、いつでも中止が可能であること、同意しない場合でも不利益は被らないこと、全ての個人情報は他者に明かさないこと、個人を識別できる情報は公にしないことを書面で説明し、同意書により同意を得た。

4.研 究 結 果

 スタンフォード大学から提示された効果指標のうち、受講を経て、受講直前T1時と比べて、受講開始から3ヶ月後T2、6ヶ月後T3、1年後T4で有意な変化が認められたのは、健康状態の自己評価の向上、健康問題での悩みの減少、症状への認知的対処実行度の向上であり、T2で向上は見られるが有意ではなく、T3、T4で有意な向上が認められたものには、健康問題対処の自己効力感があった。
 我々が今回新しく設けた効果指標は、SOC、生活満足度とも、T2時でT1時に比べて有意に向上しT3時で維持されるという結果であった(いずれもT1との間で有意差p<0.01)。但し、両方とも、T4時ではやや弱まり、依然T1時を上回っているものの有意ではなかった。
 当事者主導で、セルフヘルプグループ特有の優れた援助機能が生かされ、「病と生きる術の習得と力の形成」に焦点化された新しいタイプの患者支援プログラム=CDSMPにおいて、ストレス対処・健康保持能力SOCと生活満足度の向上がもたらされる可能性を、世界のCDSMP研究史上でもSOC向上をめざす介入研究史上でも初めて示唆する知見が得られたことの意義は極めて高いと考えられ。
 SOCと生活満足度の向上には、CDSMPを受講した70-80%の患者がT2時に「物事を冷静に受け止められるようになった」「気持ちが楽になった」「少しずつでよい、無理しなくてよいと/仲間と出会った心強さを/感じられるようになった」というような自己の変化が介在している可能性が考えられた。受講者の主体性や自主性が尊重され受講者間のインタラクションが活発なことや、セルフヘルプグループ特有のヘルパーセラピー原理やモデリングなどの援助機能が働いている可能性が示唆された。CDSMPには、SOC向上プログラムへの手がかりが潜んでいると考えられた。同時に、SOC、生活満足度とも6ヵ月後から1年後にかけて低下した要因と対策への示唆の検討も必要であると考えられた。
 なお、本研究は、科学研究費(基盤研究(A)課題番号21243033)の一環として行われた。

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