自由研究発表医療保健・医療福祉2  鳥巣 佳子

老人性認知症センターの電話相談におけるソーシャルワーク実践の意義と役割
-ソーシャルワーカーの相談者理解のプロセスの質的調査を通して-

兵庫医科大学病院  鳥巣 佳子 (会員番号7192)
キーワード: 《老人性認知症センター》 《電話相談》 《修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ》

1.研 究 目 的

 本研究では,認知症の専門相談機関として設置された老人性認知症センター(以下,認知症センター)の個別電話相談事例の実態を,電話相談を行う認知症センターのソーシャルワーカーの視点から分析する.そこから,電話相談活動におけるソーシャルワーク実践の意義と役割を検討することを研究の目的とする.
 認知症センターは,認知症の診断・治療と介護相談や情報提供が可能な専門機関として設置された.ソーシャルワーカーによる電話相談を主な援助方法とすることも特徴であった.しかし,設置根拠となる老人性認知症指導対策事業が2006年に廃止となり,事業は事実上の廃止に追い込まれた.ところが, 2年後の2008年に認知症疾患医療センター運営事業実施要綱が厚生労働省より通知され,従来の認知症センターは新たな機関に転換し再生することとなった.この急転換の背景には,認知症支援策が高齢者対策に偏り,認知症を疾患として支援する精神科医療対策の必要性が指摘された経緯がある(渕野 2008).
 また,認知症の電話相談は介護経験者を中心とした非専門職によるピアカウンセリングとして発展した経過もあり,社会福祉専門職であるソーシャルワーカーによる電話相談については,専門職援助が対面による面接が主体であるためか積極的な実践報告はされていない.自宅から気軽に利用できる電話というツールを用いた認知症センターのソーシャルワーク実践の意義と役割を探求することは,地域に埋もれた相談者への援助の促進の可能性の探求と,ソーシャルワーカーの新たな業務展開の可能性の発掘にもつながると考える.

2.研究の視点および方法

 本研究では,機関ごとの業務の差異や地域性による影響を回避するため研究対象を限定し,兵庫県A地区を担当するB老人性認知症センターを調査対象機関とした.
 本研究では, 老人性認知症センターの個別電話相談事例の援助実態の分析を試みた.ソーシャルワーカーが相談者をどのように理解して援助したのかという観点から「認知症センターのソーシャルワーカーの電話相談の相談者理解のプロセス」を分析テーマとした.多様な相談者の経験的世界をソーシャルワーカーがどのように理解していくのかというプロセスを探求するために,分析方法として修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを採用した.分析対象期間は1990年2月から2008年3月末までの各年度の4,5,9,10,2,3月とした.

3.倫理的配慮

 倫理的配慮として,記録に書かれた個人情報や機関名や担当ソーシャルワーカーを特定する情報については,特定できないように最小限の修正や削除を行った.また,バリエーションを表すための記録文中の記述については,修正は誤字脱字を補うことのみ実施した.

4.研 究 結 果

 分析を行った初回電話相談の事例記録数は1977件である.生成された概念(「 」)数は70,サブ・カテゴリー(〈 〉)数が16,コア・カテゴリー(〔 〕)数は8であった.結果として,8つのコア・カテゴリーから構成されるストーリーラインと,対応する概念とカテゴリーの関係図を作成した.ストーリーラインの要約を以下に示す.
① 電話相談の特性:〔匿名という安心〕
 電話相談では,援助者に自分の姿は見えず名乗る必要もない.そのため,相談者は〔匿名という安心〕に守られ自己を開放し,匿名だからこそ可能な本音をぶつける.相談者は,周囲には言えない慢性的でネガティブな感情を〈行き場のない叫び〉として語り,秘密保持の確認や相談を一方的に切り上げるなど〈匿名性の確保〉行動によって相談を主導する.
② 相談者の置かれた状況:〔相談者を取り巻く外壁〕〔氷山の一角〕〔容赦ない傷つけ〕
 認知症者と家族には,「医師による受診抑制」や「リスク回避のための追い出し・締め出し」といった外部からの圧力として働きかける制度やサービス利用上の〔相談者を取り巻く外壁〕がある.さらに,認知症を契機に家族の問題が全貌を現す〔氷山の一角〕現象が家族関係を左右する.これらのことが,相談者と環境との関係の不均衡につながる.また,「身体拘束される」ことや「わからないという見切り」など認知症であることへの〔容赦ない傷つけ〕体験が,彼らの人権を侵害していく. ③ 悪循環からの解放:〔疑問の解消〕〔「私とあなた」の世界の再構築〕
 認知症者と家族は,自発的に悪循環からの脱出を試みている.今置かれている状態が正しいのかどうか判断しかねて持つ〈現状への疑問〉を〈明らかにする〉ために,彼らは電話を手にする.そして,今ある問題を順番に解決しようとする〔疑問の解消〕を繰り返し行っている.ソーシャルワーカーは,この過程につかず離れずの緩やかな距離で寄り添い続ける働きをしている.この働きは,認知症者と家族の間で繰り返される循環的な自己像の捉え直しである〔「私とあなた」の世界の再構築〕の動きにポジティブな影響を与える.
 認知症センターでは電話相談という特性を活かし,匿名性を保障して認知症者と家族の状況を相談者の語りから理解する.さらに,相談者は病院や専門機関という援助者となるはずの外部からの圧力や権利侵害にさらされており,慢性的な悪循環を抱えることも多い.相談者は電話で語ることで抑圧から解放され,悪循環からの脱出を試みている.権利擁護と抑圧からの解放も,ソーシャルワーカーの援助の重要な意義であると考える.
 電話によるソーシャルワーク実践では,匿名性を保障することで相談者の個別的な問題解決だけでなく,アセスメントにより相談者と環境との関係の不均衡を把握することが可能になる.さらに,ソーシャルワーカーは問題解決過程につかず離れずの緩やかな距離で寄り添う働きをする.電話の特性を活かしつつ,相談者に緩やかに寄り添い続け,関係の不均衡の存在を社会に発信することが,ソーシャルワーカーの役割であると結論する.

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