自由研究発表医療保健・医療福祉1  楠永 敏惠

脳卒中患者の発病後1年間の苦痛・困難と支えに関する研究

聖徳大学短期大学部  楠永 敏惠 (会員番号5034)
キーワード: 《脳卒中》 《病みの軌跡》 《ライフ(生存・生活・人生)》

1.研 究 目 的

 脳血管疾患はわが国の三大死因の一つであり、生存できた場合でも心身に障害が残ることが多く、生活や人生の変更を余儀なくされる象徴的な疾患である。とくに発病後1年間は急激な変化が起こり、医学的には病状と治療、リハビリテーション(以下、リハ)の特性によって、急性期(発病から約1ヶ月まで)、回復期(約6ヶ月まで)、維持期(それ以降)と区分されている。
 わが国での脳卒中患者についての心理社会学的な研究は、主に在宅脳卒中患者の生活の質や精神健康状態とそれらの推移、ならびにそれらを予測する社会的活動や社会的資源などの要因を明らかにするものが主流である。一部には、患者への聴き取り調査から、発病時点からの困難や対処を検討したものもあるが、急激な変化が起こる発病後1年間のライフ(生存・生活・人生)が激変し再構成されていく過程や、その過程を支援するという観点からの研究はあまり多くない。
 欧米では、脳卒中患者の病いの経験についてバイオグラフィーの混乱(biographical disruption)や病みの軌跡(illness trajectory)といった理論の展開を図る研究が行われている。それによれば、脳卒中は、患者やその家族に日常的な困難をもたらすほかに、人生に混乱を生じさせ再構成が必要となること、病みの軌跡は4期あるいは3期から構成されることなどが明らかにされてきた。こうした欧米の研究の蓄積は多いが、病いの経験には文化的・社会的背景による違いがあるため、文化・社会も保健医療福祉システムも異なる日本の患者に、欧米の研究成果をそのまま適用することは難しい。
 本研究では、まずは、脳卒中患者が、発病後1年間のどの時期にどのようなことに困り、何が支えになるのかを明らかにすることを目的とした。それを通じて、患者への理解を深めることと支援策の検討、および病みの奇跡理論に示唆をもたらすことをねらいとした。

2.研究の視点および方法

 患者の経験を理解するために、関東圏内にある脳卒中の患者会の会員に、無記名自記式調査を行った。調査時期は2009年3-5月である。調査項目は、基本的属性と、発病後1年間の苦痛・困難、支え、生活場所などとし、苦痛・困難、支えは自由記述とした。回答者は20人(回収率100%)であったが、分析対象は自由記述欄に記入のあった17人とした。分析対象者の属性は、年齢が52-76歳(平均66.0歳)、性別が男性14人、病名が脳梗塞11人、脳出血8人、発病からの年数が1~11年であった。2009年5月には、患者会の会合で調査結果の概要を示し、会員とディスカッションをして、詳細な点を確認した。なお、リハ等の現状把握と調査項目の確定のために、理学療法士へのインタビューも実施した。調査時期は2009年2-3月である。対象者は、男性2人、女性1人、理学療法士としての経験年数は、2~11年であった。分析は、患者の自由記述を内容ごとに分類した。

3.倫理的配慮

 調査に際しては、データの管理や結果の報告等にあたって個人情報の保護を徹底すること、調査を強要しないことなどに配慮した。

4.研 究 結 果

 同じ脳卒中といっても、個々に症状が異なるため一概にいえない部分も多いが、苦痛・困難と支えの主なものは、以下のようにまとめられた。
 苦痛・困難であるが、「発病直後」には、からだを動かせない苦痛、便秘や不整脈などの他の症状、発病への精神的ショック、通院等の家族の負担、「回復期リハ病院等に入院中(2-3ヶ月ころから)」では、リハの痛みや単調さによる苦痛、治療やリハの不十分さ、「退院後(2-3ヶ月ころから半年ころから)」は、家事などの日常生活のたいへんさ、病院等での突然のリハの打ち切り、一人で行うリハへの不安、再発への恐怖感の強まり、数種類の薬の服用などの体調管理のわずらわしさ、一人で外出できないこと、仕事を続ける負担、があげられた。「発病からずっと続く」ものして、改善されないからだの機能、しびれ、痛み、ふらつき、めまい、疲労感などの症状、医師の対応の頼りなさ、があげられた。
 支えとなるものについては、「発病直後」には、医師の的確な診立て、理学・作業・言語療法士の励ましや対応、ソーシャルワーカーの適切な対応、家族の支えや励まし、友人の見舞い、「回復期リハ病院等に入院中」では、からだの機能の回復の実感、理学・作業・言語療法士による細かな目標設定、リハ等で他の患者に接してより重度な患者がいることに気づいたこと、「退院後」は、家族の日常生活における具体的な支援、散歩中などのホームヘルパーの付き添い、友の会などでの同病の患者からの励ましやリハなどに関する情報交換、サークル活動などの仲間の支え、仕事の仲間の支え、などであった。
 対象者の病みの軌跡は、医学的な3区分ごとに苦痛・困難や支えに特徴があり、各時期の患者の中心的な課題が、それぞれ生命の維持、日常生活の再建、人生の再構成であると考えられることから、3期に分かれる可能性が高い。各時期の苦痛・困難を緩和・解決できるような支援が重要だが、とくに退院後(維持期)からは医療保険によるリハを受けられない患者が多く、めざましいからだの機能向上もないなか患者自身が格闘している状況にあったため、この時期の支援策を検討する必要があると思われた。本研究は結果の一般化に限界があり、対象者に記憶違い等がある可能性も否定できない。今後は、発病直後からの患者の追跡調査を実施する予定である。本研究は、平成20-22年度科学研究費補助金基盤研究C(研究課題番号:19530485)の助成を受けて実施した。

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