大規模災害時における医療ソーシャルワーカーの役割の研究
-災害拠点病院における医療ソーシャルワーカーへの聞き取り調査から-
山田赤十字病院(日本福祉大学大学院) 伊藤 隆博 (会員番号7402)
キーワード: 《医療ソーシャルワーク》 《災害》 《実証研究》
近年では東海地震や東南海地震の発生に備え,国や県単位で災害時の対応策の立案をすすめている.また,平成19年3月25日には石川県能登半島沖,7月16日には新潟県中越沖地震が発生し,甚大な被害が出たことは記憶に新しい.このような大規模災害では,死者や負傷が多く発生するとともに,自宅が全半壊したりライフラインが途絶えたりしたために避難所生活を余儀なくされる多数の被災者が発生する.
阪神淡路大震災を契機に,保健・医療・福祉分野においても災害について論じられることが多くなった.しかし,田中(2007)は「依然として,個別研究領域の理論的背景のもと適用フィールドとして災害を取り上げている研究が多く,あるいは災害記録にとどまってしまっている」1)と近年の災害研究を評価している.ソーシャルワーカーの視点から災害をとらえると,社会福祉とは本来,危機的な状況に陥った人々の支援を行うことをその目的としており大規模災害時も例外ではない.クライエントのニーズを満たすための援助技術,他機関・他職種との連携づくりといったソーシャルワークの専門性や技術は,災害現場に於いても極めて有効な手段となりうると考える.しかしながら,木村(2005)は「自然災害時のソーシャルワークにおける臨床的介入については,欧米の多くのソーシャルワーク文献が言及しているが,その災害支援活動や介入方法についてはあまり日本で紹介されていない」2)と指摘している.本研究では,大規模災害時に医療の拠点となる災害拠点病院における医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)への調査を通して、保健・医療・福祉の各分野の,大規模災害時における被災者の支援ニーズとはどのようなものであるかをまとめる.
本研究は、平成21年5月12日~5月17日の予定で新潟県中越地震、能登半島地震、新潟県中越沖地震、岩手宮城内陸地震において、被災者を受け入れた災害拠点病院に所属するMSWに対して、インタビューによる質的調査を実施する。
これらの質的データを事例ごとにメタ分析し、ミクロ視点ではMSWの援助内容、メゾ視点では災害拠点病院としてMSWに求められることや院内組織を援助にどのように生かすことができたのか、マクロ視点では地域福祉分野とMSWの連携はどのように行われたのかについて、その実態と課題を明らかにしていく。
研究の実施に際して,研究協力施設の施設長・所属長に承諾を得るとともに、研究参加者となるMSWへの依頼は、文書で行うこととし、研究の趣旨を十分説明する。本研究の対象はあくまでもMSWであるが、患者のデータは一部参考資料となる。個人情報の保護に関して、十分に配慮を行い、インタビューにより得られたデータの取扱いにおいては、個人識別情報の削除・匿名化を行う。得られたデータは研究目的以外で使用されることはないこと、録音データは研究終了後に消去するなど、個人情報保護法に準拠して対応する。
以上を研究参加者に説明したうえで、研究参加の承諾を得る。また、インタビューの場所は、研究参加者の個人情報保護に配慮し、内容を第三者に聞かれない場所とする。
ソーシャルワークの機能を「ソーシャルワークのあり方に関する調査研究」3)の枠組みを基に整理し、時間軸の整理の手法としては,日本救急医学会による「広域災害時における医療救護タイムスケール」に準拠して時系列的にまとめた。フェイズ0は災害発生後6時間以内、フェイズ1はそれ以降48時間以内、フェイズ2はそれ以後14日以内、フェイズ3はそれ以後社会復帰のための医療・療養指導の期間である。大規模災害における被災者のニーズとこのソーシャルワークの機能と役割に照らし合わせ、その可能性について以下のように分類、整理した。
医療救護タームスケールからソーシャルワークの役割を考えると,フェイズ0ではすべてにおいて被災者の自助,共助に頼らざるを得ない状況であり、第三者によるすべての救援活動は不可能である。フェイズ1では災害現場での救助や医療等の緊急対応が開始される。この時期においては,まず優先されるのは要援護者の安否確認である。またそれと同時に適切な避難場所への誘導や必要なサービスの調整、情報収集及び提供である。フェイズ2では、避難所生活を強いられる要援護者をも支援対象の視野に入れながら、ストレスへの対応,復興に向けた情報提供、要援護者ニーズの代弁があげられる。フェイズ3においては,生活再建に関する援助や義援金、罹災証明などの情報提供、仮設住宅に住む被災者への見守り支援も欠かすことはできない。これらの一連の継続的な支援はソーシャルワーカーのみで行うことは不可能であり、医師、看護師や行政、ボランティア等、平時に行っているソーシャルワーカーの連携をフル活用して被災者支援を行うことが必要である。
引用文献
1)大矢根淳,浦野正樹,田中淳,吉井博明編『災害社会学入門』,弘文堂,2007年,32ページ
2)木村真理子「災害とソーシャルワーク-災害時における危機介入のソーシャルワーク」『精神保健福祉』Vol.36, No.4 (通号 64)日本精神保健福祉士協会,2005年, 354~357ページ
3)日本社会福祉実践理論学会ソーシャルワーク研究会「ソーシャルワークのあり方に関する調査研究」『社会福祉実践理論研究』,(第7号),日本社会福祉実践理論学会,1998年,69~90ページ