自由研究発表所得保障・公的扶助3  丹波 史紀

貧困・低所得者層への就労支援政策に関する実証的研究
-就労支援を受けた母子家庭への追跡調査-

福島大学  丹波 史紀 (会員番号4370)
キーワード: 《就労支援》 《自立支援プログラム》 《ワークフェア》

1.研 究 目 的

 近年、国際的な福祉国家再編に伴う政策転換のキーワードとして、就労と福祉を結びつ ける「ワークフェア政策」が注目を集めている。わが国でも生活保護受給者・ホームレス・母 子家庭などを中心として、就労と福祉を結びつけた政策が進められている。
  こうし た中、ワークフェア政策における政治的ターゲットにされているのが母子家庭の母(シング ルマザー)である。ワークフェア政策の先駆けとも言われるアメリカでも、一連の公的扶助 改革におけるターゲットは主としてシングルマザーであった。近年の日本の母子福祉政策は 、経済給付を抑制する代わりに、就労支援策を強化している。
  2002年の児童扶養手 当法および母子および寡婦福祉法の改正は、母子家庭に対する福祉政策をいっそう就労と結 びつける方向へと再編した。児童扶養手当、さらに母子加算の見直しなどの経済給付が抑制 される一方で、母子家庭の「自立」を支援するための「就労支援策」が行われた。しかし、 そもそも日本のシングルマザーは、他の国々のシングルマザーに比べ、非常に就労率も高い (2006年段階で84%)。一方でマジョラー・キルキー(2005:邦訳渡辺千壽子他)が指摘す るように、母子家庭の母親である「ローンマザー」が育児に専念するのではなく、その多く の者たちが雇用労働者として働きながら、貧困リスクから守られていない「貧困な労働者」 グループに日本は属している。OECDの調査でも日本の母子家庭の貧困率は、トルコに次いで2 番目と高水準にある(貧困率58%)。
  こうした中で行われる母子家庭の母親への就 労支援が、どれほど貧困削減に効果があるのか。実際にどの程度母子家庭の仕事と生活を安 定させ、貧困から脱却させることができるのか。こうした点は、わが国の研究者の間でも十 分検証されているわけではない。そのため、本研究は就労支援を受けた後の母子家庭への追 跡調査を行うことにより、その後の就労と生活・子育ての実態を把握し、就労支援の効果と 課題、さらには貧困・低所得者層へのワークフェア政策の有効性について検証することを目 的としている。

2.研究の視点および方法

 本研究は、上記の研究目的をふまえ、就労支援を受けた母子家庭を対象にし、その後 の仕事や生活・子育て等の変化を把握するために経年的な調査を行った。具体的には、2002 年母子福祉改革において、就労支援の「目玉」とされた母子家庭等就業・自立支援センター (以下、センター)の利用者を対象にし、郵送法によるアンケート調査を実施した。第1回 目の調査では、大都市部と地方都市の二つを対象にした。大都市部については関西地方のA 県の平成15・16年度センター利用者781人のうち460人を無作為抽出し調査した(回答者数 199人;回収率43.3%)。地方都市については、東北地方のB県の平成15?17年度のセンター 利用者704人すべてを対象に調査した(回答者数207人;回収率31.6%)。なお、B県のセン ター利用者の追跡調査結果については、社会政策学会第113回秋季大会(大分大学;2006年 10月21日)において研究発表を行っている。
  ところで第1回目のA県センター調査 では、回答した199人のうち129人(64.8%)が今後も継続的に調査に協力することを同意し た。そこで2008年度において、第2回目の追跡調査を行った。この第2回目調査は、第1回 目の調査から就労や生活・子育てとうにおいて変化がみられたかどうかを中心に調査した。 なお第2回目の調査回答者88人のうち、25人は追加のインタビュー調査にも同意をした。

3.倫理的配慮

 第1回目・第2回目ともに、アンケート調査に際して調査対象者に対し、記載された 個人情報については本調査研究のみに使用し、個人情報保護を遵守しプライバシーの保護 に配慮する旨を確認している。

4.研 究 結 果

 第2回目調査は、2009年2月に第1回目調査において継続調査に同意した129ケースを 対象にし、アンケート調査を実施した(回答者数88人;回収率68.2%)。
  第2回目 調査の結果、現在仕事をしている者は84.1%であり、その内訳は「正社員」40.5%、「パー ト」が23.0%、「派遣・契約社員」が18.9%と続き、前回の第1回目調査に比べると正社員 の比率はほとんど変わりないが、パートの割合が減り、派遣・契約社員の割合が増えている 。第1回目調査と同様、就業上の地位が正社員以外の非正規の割合が約6割という状況は変 わらなかった。1か月の収入については、最も多いのが「15?20万円未満」の37.5%であり、 次いで「10?15万円未満」が28.4%であった。この1位と2位の階層の順位は、第1回目調査 と逆転した。勤続年数についても最も多かったのは「3年以上5年未満」の43.2%であり、 第1回目調査よりも勤続年数が長くなる傾向にあった。なお、第1回目調査の際に仕事をし ていた者の86.1%は、現在も仕事をしている状態にあった。
  第2回目調査の結果、 8割以上の者が現在働いており、その傾向は全国の母子家庭調査と同様の傾向にあった。ま た、第1回目調査で働いていた者の多くが現在も働いており、収入や勤続年数も前回調査よ りも高い階層に変化がみられた。その点だけをみると、前回調査よりも安定した就労と生活 をしているとも言える。しかし一方で、生活費等の補填のために金融機関等からの借入を約 2割の者がしている一方で、母子寡婦福祉資金を利用している者が1割にも満たない状況で あり、公的な福祉制度が十分対応できていない状況がうかがえた。
<参考文献> マ ジョラ・キルキー著/渡辺千寿子監訳(2005年)『雇用労働とケアのはざまで』ミネルヴァ書房

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