自由研究発表所得保障・公的扶助2  田中 聡子

「現代における貧困の形成要因と課題」

龍谷大学博士後期課程  田中 聡子 (会員番号6587)
キーワード: 《住宅政策》 《ホームレス》 《雇用政策》

1.研 究 目 的

 貧困問題は所得の不平等だけでなく、生活困窮や生活問題を引き起こす.貧困は次世代 へと連鎖し、再生産を繰り返す.社会の二極化によってさらに貧困が拡大し、固定化してく ることが現代的な問題となっている.
  本研究の目的は1)貧困が最も可視的に現れ たホームレス生活者への落層過程と要因を分析することによって資本主義の発展の中、貧困 がもたらす社会の様々な問題の影響をどのような人が最も強く受け、困窮していったかを住 宅政策と雇用政策に焦点をあて歴史的に実証する.2)貧困の経過と要因を分析することに よって、現代の貧困問題の課題を明確にし、社会的包摂へのアプローチの方途を探る.

2.研究の視点および方法

 研究の視点)ホームレス政策の中心は自立支援、就労支援である.実際に就労に結びつき 自立した市民生活を送る人は僅かである.なぜ僅かな人しかできないのか.仮説として、ホー ムレスに陥る人はそれ以前から貧困層であり、孤立している.したがって最下層のホームレス になる以前に全てのものを喪失していく過程があり、そのことがホームレス脱却後の生活に影 響する.就労による自立や所得保障によって問題が解決するのではない.最も貧困な人に対す る支援は貧困の過程において異なる.3段階のアプローチが必要であると考えている.第一の 段階は最下の貧困層へ落ちていく前の支援体制・支援施策(社会保障等の整備)、第二の段 階はホームレス生活になってしまったとき 炊き出し、シェルター、申請援助等、第三の段 階は居宅生活後 金銭管理、友愛訪問、相談、ネットワークの形成.
  研究方法) 2006年より継続的に行っている元ホームレス生活者へのインタビュー調査を用いる.寄せ場 に隣接する大都市のホームレス経験者と地方都市のホームレス経験者のホームレスへの経過と 要因を比較検討する.さらに、貧困の経過と期間の違いが、個人の人生にどのように関連する のかを特徴づけるため、2008年秋以降、社会問題化した解雇され、住居のなくなった派遣労働 者のインタビュー調査との比較検討を取り入れる.
  質的調査方法は、ライフストーリ ー・インタビューの方法論を基本とした.ホームレス状態へと落層経過とその要因を明らかに することを主としている.当事者の生活歴を聞くことによって、何が問題をさらに深刻化し、 複雑化させているのかを探ることに問題関心を置いた.歴史的、社会的要因によって作り出さ れた貧困に、個人的因子がどう作用するのかを検討する.

3.倫理的配慮

 調査対象者には調査の趣旨と目的を事前に説明し、文章と口頭で同意を得た人のみ聞き 取り調査を行った.名前等は全て記号化し個人が特定化されないように配慮を行っている.日 本社会福祉学会研究倫理指針に準拠している.

4.研 究 結 果

 研究の結果、住宅政策と雇用の関係は次のように分析できる.最も流動化した労働者層 は、その過程において、正規雇用として就労しても、次第に非正規化し、不安定な雇用形態に 陥る.雇用形態が不安定になると、アパート代が払えず、寮や社宅などの「住み込み」的雇用 の形態になる.さらに、最下層の労働者は「住み込み」の形態が「飯場」「ドヤ」になり、 日雇いで得た収入によって宿代を支払うようになる.
  バブル経済崩壊は、「住み込み 」的雇用形態を崩壊させた.建設業の不況と公共事業の大幅な見直しによって、建設労働者へ の需要は極端に減った.サービス業や飲食業、製造業の人員削減も行われた.かつての炭鉱や 港湾労働者のための住宅、職人や仲居の寮、建設現場の宿舎や寮など多様な「住み込み」的雇 用形態が消えていき、不安定な就労形態をとる人の「住処」が失われた.寄せ場の雇用情勢も 変化した.高度経済成長を支えた日雇い労働者は、加齢や病気などの要因などによって失業 状態となり、多くの人はホームレス状態になった.さらに、手配師や人夫出し業者が寄せ場に 行かなくても安価な労働力が派遣労働という形で調達できるようになり、飯場雇用から登録型 に変化していった.住居を失う最も貧困な人は、「住み込み」的雇用形態と移行し、産業構 造の転換や経済変動による影響を強く受け、失業と同時に「住処」も喪失した.
  先行研究の成果と特徴を踏まえ、量的調査やパネル調査では捉えきれない最も周縁に 追いやられた層の貧困の形成過程と要因を分析するには次のことが必要である.最も困難な状 況にある社会的弱者の声を引き出し、困窮した状態を浮かびあがらせることである.その方法 は従来の量的データによる客観的分析に加え、個人の語りによって貧困の形成過程を調査する ことである.貧困層へ落ちていく過程において、家族や職業、住居や人々との関係性を失って いく.そのことが個人の生活や生きていく意欲や力にどのように作用していくのかということ の実証が重要な課題となる.
  研究結果として得られたことは、今日、貧困への経過と 要因は多様であり、深刻であり、個別的である.「ホームレスへのきっかけ」が失業、住居の 喪失であっても、そのいきさつやその後のホームレス生活は非常に多様であるということであ る.貧困の期間、貧困の状態、社会関係の作り方が、その後の人生に影響を与える.しかし、 それは全く個人的因子だけが作用したのでない.歴史的、経済的、社会的に必然的に作られて きた貧困層において、最下層の、しかも困難状況に陥る因子を多様に持つ人に非常に強く作用 し、厳しい状況を創っていったと考える.

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