自由研究発表所得保障・公的扶助2  戸田 典樹

社会福祉における自立論の今日的課題

龍谷大学博士後期課程  戸田 典樹 (会員番号6588)
キーワード: 《潜在能力》 《選択の自由》 《自立》

1.研 究 目 的

 本研究は、2005年度より生活保護制度に導入された「生活保護受給者等就労支援事業」 (以下、「就労プログラム」という。)への生活保護受給者の「選択の自由」を題材として、 社会福祉における自立論の今日的課題を探ることを目的とする。
  アマルティア・セ ンは、「長い間、困窮した状態に置かれていると、その人は嘆き続けることをやめ、小さな 慈悲に大きな喜びを見出す努力をし、自分の願望を控えめな(現実的な)レベルにまで切り 下げようとする。実際に、個人の力では変えることのできない逆境に置かれると、その犠牲 者は、達成できないことを虚しく切望するよりは、達成可能な限られたものごとに願望を限 定してしまう」と固定化してしまった不平等や貧困の問題点を指摘する。そして、「このよ うな困窮の性質は、重要な潜在能力に関して社会的に生じた差異に注目することによって明 らかにすることができるが、もし潜在能力を効用の尺度で評価してしまうと明らかにできな いだろう」と潜在能力に対する評価についての課題を提起した。
  固定化してしまっ た不平等や貧困からの脱却を図り、自由を追求する潜在能力を生み出す条件とは何か。「本 人が価値をおく理由のある生」を生きるという「選択の自由」を社会福祉はどのように整備 するのか。社会福祉における自立という課題を潜在能力による「選択の自由」という視点か ら捉えてみたい。

2.研究の視点および方法

 生活保護制度における自立論の先行研究は、多くの場合、生活保護からの脱却や就労 の開始という結果に基づき評価したものである。例えば、就労という「達成された結果」を 評価して就労自立を達成したと評価するものに代表される。だが、就労を検討する場合、自 らが進んで働いているのか、他から働かされているのか、という「選択の自由」に着目する 必要がある。「本人が価値をおく理由のある生」を生きるという選択を、実際に選ぶことが できること,選ぶための条件を備えること、「達成された結果」からでなく、「選択の自由 」を確保できる潜在能力という視点から捉えること必要となっている。
  2005年度、 2006年度におけるA市での「就労プログラム」参加者は151名。就職した者は63名、保護から 脱却した者は17名だった。就職や保護からの脱却という「達成された結果」に着目し量的調 査を実施した。「就労プログラム」参加者の約3分の1の人が、ケースワーカーからみて就労 意欲に問題を抱えていた。就労という「達成された結果」は、就労意欲という要因との間に 正の関係性を持つ。妊娠、傷病、身体障害、知的障害、ひきこもり、育児、介護という就労 阻害要因との間に負の関係性を持っていた。また、就労意欲という要因は、就労阻害要因と の間には関係性を見出せず、年齢、学歴、就労経験との関係性を見ることができた。
  2008年度、2009年度、A市において、新たに「就労プログラム」参加者を対象とし た質的調査を実施した。生活保護受給者による「就労プログラム」への参加という「選択の 自由」は、「学歴」、「就労経験」、「就労阻害要因」、さらに、「生活保護制度」、「支 援者」、「資産」、「家族」、「居場所」、「ホームレス経験」、「過去の就労経験」とい う要因との間に、どのような関係性を持つのか、について調査した。「選択の自由」と多様な 個人が持つ要因との関係性を、語りから感じる主観に重きを置き合目的的に調査を実施した 。量的データ分析結果から生まれた就労意欲や就労阻害要因と就労との関係を基礎にして、 潜在能力に着目して分析した。語りについての意味づけ作業を行い、自らが感じたことを客 観視するために、振り返りノートをつけ、スーパーバイザーや研究仲間からのアドバイスを 受けるようにした。調査対象者ごとに逐語録を作成するなかで、就労という目標を設定した 経緯や実現方法の選択について類型化を行った。

3.倫理的配慮

 調査対象者には調査の趣旨と目的を事前に説明し、同意を得た人のみ聞き取り調査を行 った。名前等は全て記号化し個人が特定化されないように配慮を行っている。日本社会福祉学 会研究倫理指針にそって調査を実施した。

4.研 究 結 果

 研究結果として明らかになったことは、福祉事務所から稼働能力を保持していると評価 された生活保護受給者が多くの場合、「就労プログラム」への参加を促さていることである。 そして、継続して勤務できるのだろうか、病気が再発しないだろうか、失業しても再び保護を 受けることができるのだろうか、という不安を抱きながら「就労プログラム」への参加を選択 している、ということである。だが、その一方で、「早く働きたかった」、「よい仕事を見つ けることができた」、「生活保護制度に助けられて生きている」、「ケースワーカーやNPO の支援者に励まされた」という思いを語る事例も存在した。
  「本人が価値をおく理由 のある生」を生きるという「選択の自由」を整備するという課題は、単に社会福祉に止まるも のではない。安定した収入が得られる仕事の確保、病気や怪我をしてもゆっくり休むことがで きる職場や保険制度の確保、例え失業したとしても生活に困ることの無い収入の確保などであ る。そして、社会福祉における自立論の今日的課題として、困窮した場合すぐに支援してくれ る生活保護制度、気軽に相談できるケースワーカーや支援者、これらを基盤とした潜在能力に よる「選択の自由」を確保するという視点に立った「就労プログラム」に代表される自立への 取り組み、の必要性が浮かび上がった。

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