野宿生活者「自立支援」に必要なソーシャルワークについての一考察
-「自立支援」の前提を形成するソーシャルワーク-
日本社会事業大学 実習教育センター 黒川 京子 (会員番号7186)
キーワード: 《野宿生活者》 《尊厳》 《ソーシャルワーク》
現在、野宿生活を送ってきた人に対し、「自立」を支援する公私の取り組みが、各地で
おこなわれている。公的支援においては、おもに、施設等での一時保護、「就労自立」に向
けたサポート、住居が確保できるための支援、が実施されている。それらは一定の成果をあげ
、支援をきっかけとして「就労自立」に至った人もいる。
ただ、「就労自立」を継続
している人もいる一方で、少なくはない人が「就労自立」を目指しながら実現に至らない、も
しくはいったん実現しながらも短期間で野宿生活に戻る。それには諸々の要因があり、社会的
な背景も大きく関係する。
しかし、野宿生活に至るプロセス、野宿生活を送ってきた
中で、その人の尊厳が損なわれてきたことが、希望・目標を達成することを困難にしていると
いうことを、自分自身が相談員として野宿生活を送った人と出会ったり、NPOを立ち上げて
支援に関わったりする中で感じ続けてきた。そこで、その点に着目をして、「自立」に向かう
前提と考え得る、尊厳の獲得(再獲得)に向けた、ソーシャルワーカーとしての支援モデルの
構築を目指す。
上記のことについては、NPO等でボランティアなどのかかわりにより、すでに実施さ
れている部分があると考えられるが、本研究では、ソーシャルワーク実践に特化する。
ソーシャルワーカーがその専門性を発揮すること、また、対象者の状況は一人ひとり
違うし、関わるソーシャルワーカーの経験やその時点での力量が様々であったとしても、「一
定の質が確保されたソーシャルワーク」をおこなうことができるモデルが構築可能なものであ
る、という視点を持つ。
ただ、モデル構築は現在半ばで、今後の課題であり、現時点
では、調査・分析で明らかになったこと、および今後の方向性を示すことになる。
方法としては、対象者への聴き取り、および質的分析。対象者は、野宿生活を送り、
「就労自立」を目指しながらも、どこかの段階(「就労自立」に至らなかった、いったん至っ
たが野宿生活を再度送っているなど)で達成に至りきれなかった人。
上記のとおり、
諸要因や社会的な背景も押さえつつ、尊厳の再獲得に焦点を当てた分析である。現時点までの
分析に加え、さらなる分析、および、NPOでおこなっているグループワークの分析が、全体
の構想の中には含まれている。ソーシャルワーク理論に関する文献研究も並行して継続する。
対象者に、今後の支援に関わるソーシャルワーク実践につなげる、という研究目的をき
ちんと伝え、理解・了解を得られた方にのみ聴き取りをおこなった。事実のみ話していただ
くが、何を話すか話さないかは自由であること、聴き取った内容についての今後の取り扱い、
守秘義務は確実に守られる旨のことを話し、それらの項目を共有した。研究のための研究に
ならないよう、必ず利用者(対象者)に益することとする。
それらは、対象者との
関係のみならず、支援者や、協力者から話を聴く場合、協力を得る場合においても、同様で
ある。
当然のことであるが、個人を特定できる記載はしない。そして、所属機関の
倫理委員会を経る。
希望や目標の達成に至ることが難しい要因が一つではないことは言うまでもない。ただ
、自分自身の実践の中で感じ続けていたことは、今回の聴き取りによって、見当はずれのこと
ではないことが確認された。
住居を失った経緯の中で、野宿生活を送る中で、それぞ
れの人が尊厳を損なわれる経験をしてきている。
そのため、「就労自立」を目指し、
人によっては免許や資格を持っていたり、技能講習を受けたりして、「就労能力」は高かった
としても、尊厳が損なわれたままであるために、客観的にはさほど難しくなく乗り越えられる
と思われるわずかな躓きでも、そこで諦めてしまうことが少なくはないことが再確認された。
その原因は単純ではないが、「どうせ、うまくいかない」という気持ちにとらわれる
、暗い未来しか思い描けない、人との接触がこわい、などの現状がうかがえる。そのために「
失敗をした」「投げ出した」という聴き取り内容が見られる。
そのままで求職活動に
臨んでも、一時的に住居を得ても、土台が揺らいで、少しの困難も越えることが難しく、何度
も同じことを繰り返してしまうことが予測される。
そこで、限られた短い期間で「就
労自立」を目指すことから、自分を信じて困難を乗り越えることができる、いわば土台を築く
ことに、必要に応じて十分な時間をかけることができるような仕組みへの転換が必要であると
考えられる。
また、個別支援、グループワークなどを通して少しずつでも自尊心を獲
得(再獲得)していくプロセスを、専門知識・技術を発揮しつつともに歩むソーシャルワーカ
ーの実践が重要であり、「質の担保」ができる支援モデルの構築に向けて、引き続き取り組ん
でいく。