「水際作戦」による保護請求権侵害の実態とその構造
-石川県A市を事例にして-
金沢大学大学院人間社会環境研究科院生 村田 隆史 (会員番号7506)
キーワード: 《「水際作戦」》 《保護請求権》 《人権侵害》
本研究の目的は、生活保護行政における深刻な人権侵害である「水際作戦」の実態・構 造を、石川県A市のB病院に通院する生活保護受給者を対象としたアンケート調査結果によ って、明らかにすることである。
2.研究の視点および方法 現在の生活保護制度をめぐる状況は、「自主的」な保護の辞退による餓死事件、保護申
請・受給の過程において福祉事務所へ抗議の意味をこめて自殺する事態が起こるなど、極めて
厳しい。これらは生活保護費の削減を目的とし、保護申請そのものを抑制する「水際作戦」の
結果として、引き起こされた。そして、餓死や自殺事件が発生しないまでも、全国各地の福祉
事務所窓口において、生活保護制度の基本的権利である保護請求権が日常的に侵害されてい
ることは、詳細な個別的事例を分析した先行研究によって、すでに明らかにされている。しか
し、入手できるデータの限界もあり、量的調査はあまり行われてこなかった。そこで、本研究
は石川県A市のB病院に通院する生活保護受給者を対象にアンケート調査を実施した。特定の
自治体を対象にした量的調査はこれまであまり行われていない。調査結果にもとづいて「水際
作戦」による保護請求権侵害の実態と構造を明らかにする。
具体的な調査方法は郵送
法を用いた。調査対象者数は、2008年8月にB病院で受診した237名のうち、施設入所者、入院
中、そして病状的にアンケートを送らないほうがいいとMSWが判断した者を除く、199名で
ある。2008年9月16日に全世帯に郵送し、同年10月30日を締め切りとした。
アンケー
ト項目の具体的な内容は、基本的属性(氏名、年齢、性別、仕事の有無、家族構成)、生活保護
制度に関する基本的情報(受給している生活保護の種類、毎月の生活保護費、生活保護費以外の
収入の有無とその内訳、受給開始時期)、生活保護受給に至った経緯(自由記入欄)、受給する
以前に制度の存在を知っていたか、生活保護受給を権利だと思っているか、1度目の訪問で申
請できたか、申請できた場合に支援者はいたか、申請できなかった場合は申請の意思を伝えた
か、何度目の訪問で申請が認められたか、申請できなかった際に面接員から言われた理由(選
択方式と自由記入欄)などである。
倫理面の配慮については、各世帯のアンケート用紙に調査の趣旨を記した案内を配布し、 回答は自由意志に基づく回答であることや個人が特定されない方法で集計することを説明した 。アンケート調査への回答をもって調査に同意したものとした。また、調査結果発表時には、 個人が特定されないようにする。
4.研 究 結 果 アンケートの回収率は、宛名不在で返送された9名を除く、アンケート用紙を郵送した
190名のうち、64名から回答を得たので、33.7%であった。以下、分析する際には、非該当、
無効、無回答を除いた数字を用いる。回答者の基本的属性は、年齢構成(n=64)は50歳代・15
名(23.4%)、60歳代・29名(45.3%)、70歳代・14名(21.9%)が中心であり、性別(n=63)は男
性・38名(60.3%)、女性・25名(39.7%)であった。家族構成(n=31)に関しては、1人世帯・20
名(64.5%)が圧倒的に多かった。また、働きながら生活保護を受給している世帯(稼働世帯)は
回答を得た61世帯のうち、5世帯(8.2%)に過ぎなかった。
調査結果から明らかになっ
たのは以下の点である。
第1に、生活保護の申請のために福祉事務所窓口にたどり着
くまでに2つの障害が存在することである。1点目は制度の存在を知っていたかという問い(n=58)
に対して、「知らなかった」が29名(50.0%)であるように制度そのものの存在を知らないという
ことである。2点目は生活保護受給に関する権利意識への問い(n=45)に対して、「権利である
と思っていなかった」が30名であるように、生活が困窮してもすぐに申請に至らないケースも
ある。
第2に、福祉事務所窓口にたどり着いたとしても、違法行為を含む「水際作戦」
によって、保護請求権が侵害されていることが多いということである。1度目の訪問で申請で
きたかという問い(n=60)に対して、19名(31.7%)の申請が認められなかった。その多くは、
申請の意思を明確にしていた。申請が認められなかった理由は、就労していない・2名(11.1%)
、家族の扶養・2名(11.1%)、貯金の活用・3名(16.7%)、最低生活費を満たしている・4名
(22.2%)、その他(居住地がないなど)・2名(11.1%)などである。「相談」の名目で、生活保護
法では申請後に行うべき収入や親族などの調査を行い、また、「欠格条項」を設けていた旧生
活保護法の如く、親族の扶養や稼働能力の活用の義務を理由にして、保護受給どころか申請
すら認めていないのが実態である。また、居住地がないことを理由に保護請求権を侵害して
いるケースも2件存在したが、それらは厚生労働省の通知にすら違反している。
第3
に、そのような「水際作戦」に対して、何らかの支援者がいれば、保護の申請・受給が認めら
れるということである。1度目の訪問で申請が認められた41名のうち、32名(78.0%)が支援
者を伴っていた。また、1度目の訪問で申請が認められなかった者を対象に「申請が認められ
た際に支援者はいたか」という問い(n=18)に対して、支援者がいたと答えたのは13名(72.2%
)であり、福祉事務所窓口の対応が変化したのは明らかである。