自由研究発表国際社会福祉3  渡辺 まどか

スウェーデン高齢者福祉における質の確保について
-A市高齢者ケア査察官報告書を中心に-

北海学園大学法学研究科博士(後期)課程  渡辺 まどか (会員番号7240)
キーワード: 《スウェーデン》 《高齢者ケア》 《質の確保》

1.研 究 目 的

日本では、高齢者福祉事業所の度重なる不正や介護事業からの撤退が、特に数年前から社会に波紋を投げかけている。その結果、高齢者福祉事業に関し、質の確保が緊急かつ重要な課題として浮上している。
  また、日本では、質の確保方法の一つとして、第三者評価が制度化され、一定程度の質の底上げになったといわれている。しかしながら、各事業所へのその多大な経済的負担、時間的負担のため、制度としては確立されたものの、予想されていたほどの広がりを見せていないなどの問題も指摘されている。この日本の現状を補う方策を、スウェーデンからも探れないだろうかというのが、問題意識である。
  一方、膨大なコストが必要な後期高齢者の割合が日本でも非常に増加しているが、スウェーデンは現在、人口で後期高齢者率が世界一であり、人口動態的に、日本の先を行っている。日本と同様、財政的にも逼迫する中、スウェーデンでは質の確保に向け、さまざまな政策を打ち出している。その質の確保に向けた対策から学ぶことは、大変重要であると思われる。その点において、今回の自由論題では、スウェーデンの一都市での高齢者ケアの査察の仕方を明らかにしたい。

2.研究の視点および方法

スウェーデンでは、高齢者ケアにおける質の確保に向け、近年、以下の方策がなされている。
・ 政府による高齢者施設(特別住宅)ケアの質の指標公開(Socialstyrelsen: Oppna jamforelser inom varden och omsorgen om aldre 2008)
・ 政府による高齢者満足度調査(Socialstyrelsen: Brukarundersokningen 2008)
・ 地方自治体連盟による自治体ごとのランキング公表(Sveriges Kommuner och Landsting: Oppna jamforelser ? Aldreomsorg 2007)
・ 会計検査院の調査公表(Riksrevisionen: Statens styrning av kvalitet i privat aldreomsorg 2008)
・ 各自治体での入札における質の評価の導入、高齢者オンブズマン設置など。
  今回は、各自治体での政策の内、特にA市の高齢者ケア査察官を取り上げ検証したい。

3.倫理的配慮

A市B区の報告を事例に取り上げるが、その際、地名だけでなく、高齢者ケア住居やホームヘルプ事業所の名前も実際には挙げないように留意する。また、A市には高齢者ケア査察官が3名存在するが、誰がその報告書を書いたかなどにも注意し、本名を挙げないようにする。

4.研 究 結 果

A市高齢者ケア査察官制度は、1997年、当時の高齢者ケアの現状を具体的に把握する査察制度としてA市に導入された。当時、区によって高齢者ケアの差が広がってきたことが大きな理由の一つである。どこの区が何において優れ、どこの区の何に問題があるかなども、査察してみなければ状況がつかめないという認識から設置された。また、質の判定基準にもばらつきがあったため、それを良いほうに均一化する目的もあった。
  A市では現在、高齢者ケア査察官(aldreomsorgsinspector)が3人、任命されている。A市には区が14あるが、3人がこれらの区を分担して査察し、報告書をそれぞれの区について作成し公表している。 
  現在、スウェーデンで高齢者ケア査察官をおいているのはA市他、数市である。  なお、A市と他の一部の市では高齢者オンブズマンを設置している。高齢者オンブズマンと高齢者ケア査察官の違いは何か。高齢者オンブズマンは基本的に苦情に対応しその状況を公表するが、高齢者ケア査察官は査察時にケアが適切に行われているか確認し、公表し、必要に応じてアドバイスを与えることが任務である。  査察官はさまざまなグループと会い、多様な活動に参加し、書類などのチェックを行う。査察官は、各部門のスタッフグループの仕事に実際に半日から一日参加して観察するが、それによってスタッフグループの仕事をフォローする。一番多い査察訪問の時間帯がいつかについては前もって知らされるが、いつでも突然の査察がありうる。定期的に外出や文化的体験をする機会を高齢者が持っているかなど、チェック事項も日本と異なる点も多い。
  スウェーデンには、施設(特別な住宅)スタッフの最低人員基準はない(それを定めれば、その最低基準に皆、合わせてしまうという懸念から)が、A市では、利用者の人数のみならず、かけるべきケアの軽重を査察官が実際に五感を通じて判断し、その場所それぞれにスタッフ充足が必要かどうか査察する。
  スウェーデンの高齢者ケアでも、問題は存在する。民営化の流れの中、企業の秘匿義務などにより現在のところチェックできない面も存在する。それに対しては、新たな提言が、会計検査院などからなされているところである。  高齢者ケアにおいてそのような変容がありながらも、我が国にとり、この書類に頼りすぎない査察方法、質の向上への単位制(ポイント制)、抜き打ち検査の充実による更新申請手続きの軽減など、ヒントは多いのではないか。高齢者ケアにおける実際の質の確保に向け、示唆を引き出し、提示したい。

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