自由研究発表地域福祉4  坂本 忠次

現代の社会福祉の役割と「新たな公共」に向けての課題
-地域福祉における社会福祉協議会、NPO、福祉協同組合、
  社会的企業の役割-

関西福祉大学  坂本 忠次 (会員番号5321)
キーワード: 《社会的包摂》 《新たな公共》 《社会的企業》

1.研 究 目 的

現代における福祉国家の変容と危機のもとで、社会福祉学の役割も新たな課題に直面している。それは、昨年の日本社会福祉学会の第56回全国大会で論議された社会的排除・格差社会を示すいわゆるソーシャル・エクスクルージョンとこれへの社会福祉学の対応の課題-ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)と参加-をめぐる問題の局面といってよい。今日の金融危機・未曾有の経済不況のもとでの労働力市場の分断化に伴う貧困の深刻化と格差の拡大がもたらされているが、第1に、社会保障費の抑制や社会福祉の後退が進む事態に対し、国・地方の公的責任を再確認し年金・医療・介護・児童及び障害者福祉・雇用等への財政出動のあり方並びに社会福祉サービスのあり方を再点検し分権型社会のもとでこれをいかに実現していくかを課題とする。
  第2に、現代の福祉国家の危機の事態に対応したヨーロッパにおける「福祉主体の多元化」「福祉ミックス論」などを検討する中で、そこに生み出された「新たな公共」の方向を前提に、その方向が、近隣社会における社会的企業(Social Enterprises)の誕生などの事態を生み出していることを確認する。
  第3に、「新たな公共」概念におけるわが国の社会福祉学をはじめとしたいくつかの議論-総務省、厚生労働省などの報告書を含む-を検討する中で、これまでの社協や行政における指定管理者制度、さらにはNPO、福祉協同組合のあり方、そして特に欧米で広範に取り組まれている社会的企業等による「包摂」と「参加」へのわが国の可能性について検討していくことを課題とする。

2.研究の視点および方法

本研究の視点としては、まず、貧困の深刻化、格差の拡大のもとで政府の社会保障費の抑制策や国の補助金削減のもとでの自治体側の施設整備の消極的姿勢など福祉の後退が進む中で、社会保障や社会福祉を具体的に裏づける財政の公的責任を確認しておくことから始める。その検討の局面は、海外特にOECD諸国と比較したわが国の社会保障費の特徴と問題点を前提に社会保障関係費(一般会計)の位置、国の特別会計、国・地方間の歳出状況、地方政府の普通会計と民生費、地方政府の社会保険関係の各事業会計の分野に及ぶのだが、そこでは、特に分権的行財政-地域福祉行政-の分野が重要となることを再確認する。
  しかし、検討の視点は、単に財政の公的責任の局面のみに及ぶのではなく、民間主体を通ずる金銭給付、現物給付(福祉サービス)を含め、この分野におけるいわば「新たな公共」分野の役割に焦点が当てられる。その意味で、まず欧米における「福祉主体の多元化」の代表的論者であるG. エスピン-アンデルセン(Esping-Andersen, G.)の福祉国家類型論などを検討し、そこでの「新しい公共」に向けての成果とそこでの残された課題等を指摘する。そうして、この問題に関連して、欧米における福祉協同組合(イタリア)や特に近年イギリスなどを中心に近隣社会(ネイバーフッドやコミュニテイ)を中心に近年著しい発達を見ている社会的企業の系譜を検討する。
  そうして、これをもとに、これまでのわが国の「新しい公共」をめぐる社会福祉学をはじめ政府の研究会、隣接科学での論議を検討し、これをもとに、わが国での社会福祉協議会のあり方、指定管理者制度やNPO、福祉協同組合、特に今後の社会的企業の役割と可能性について展望する。

3.倫理的配慮

本報告は、最近の「新しい公共」分野をめぐる理論的、方法的な検討に止まるので、人権侵害や個人のプライバシー等倫理的問題は特にないと思われるが、これらの点には十分配慮する。

4.研 究 結 果

本研究の報告者の成果としては、最近の拙著(坂本、2009、210-229)論文(坂本、2009)等でも述べてきたが、まず、ヨーロッパにおける福祉主体の多元化論、福祉国家類型論などを検討してみた。そこでは、例えばアンデルセンに見られる如く、その積極的な提案は評価できるが、東アジアや日本などは射程に入っていない。しかし、NPOやボランテイアを含む「新たな公共」の分野への貢献が見られることが注目された。
  一方、ヨーロッパでは、すでに1990年代半ばから「社会的企業」が、社会的排除との闘いの中で生み出された。具体的にはEMES(L'Emergence des Enterprises Sociales en Europe)による4年間の研究計画のもとで確立されてきた概念が、経済の第三セクターを示すものとしてヨーロッパ社会に定着している。EU諸国を中心としたEMESの議論を主導しているC. ボルザガ、J. ドウフルニ(2004)らの議論を見ると、社会的企業は、協同組合と非営利組織との中間に位置している。イギリスでは一定のミッションを持った団体として近隣社会の貧困問題や人材育成、包摂化にも一定の機能と貢献が見られていることが明らかとなった。
  特にイギリスでは、ネイバーフッドやコミュニテイ行政、福祉協同組合や貧困化にも対応し様々なミッション性を持った社会的企業の誕生となって現れていることを確認できた。
 「新たな公共」についてのわが国の論議では、社会福祉学の右田紀久恵(1993)をはじめ、行政学の寄本勝美(2001)、厚生省研究会(2000)、炭谷茂(2008)他があるが、これまでの社会福祉協議会のあり方に加えて、福祉関係のNPO、福祉協同組合、さらにわが国でも今後社会的企業等の社会的包摂と参加への役割と可能性に向けての検討が重要となることが明らかにされた。この場合、地域コミュニテイにおける新たな住民相互のつながりや支え合い、住民と行政との協働のあり方とあわせ、新たな起業参加のあり方も焦点の一つとなることを述べてみたい。
【参考文献】
1.ボルザガ、C. /J. ドウフルニ編(2004)内山哲朗・石塚秀雄・柳沢敏勝訳『社会的企業』日本経済評論社 (C.Borzaga and J. Defourny, eds., The Emergence of Social Enterprise, London, New York, 2001)
2.右田紀久恵(1993)『自治型地域福祉の展開』法律文化社。
3.寄本勝美(2001)『公共を支える民』コモンズ。
4.厚生省(2000)『社会的な擁護を要する人びとに対する社会福祉のあり方に関する検討会』報告書。
5.炭谷茂(2008)「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の理念と実践―社会的排除・格差社会に対する、新しい社会福祉の実践」、『新しい公共と市民自治』協同総合研究所研究年報。
6.坂本忠次(2009)『現代社会福祉行財政論-社会保障をどうするか』大学教育出版、第8章。
7.坂本忠次 (2009)「現代の社会福祉と『新たな公共』-ソーシャル・インクル-ジョンと社会的企業の役割-」 関西福祉大学社会福祉研究会『現代の社会福祉-人間の尊厳と福祉文化―』日本経済評論社。 〈参考文献〉1.エスピン-アンデルセン

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