自由研究発表地域福祉2   徐 明仿

プリテストの結果分析にみる秋田県旧鷹巣町民の福祉意識の把握

八戸工業大学  徐 明仿 (会員番号7116)
キーワード: 《福祉意識》 《地域福祉》 《旧鷹巣町》

1.研 究 目 的

本報告の目的は次の3点である。①秋田県旧鷹巣町(以下旧鷹巣町)で打ち出された「福祉による町興し」政策への一般住民の認識度の把握、②住民の福祉意識の把握、③住民の生活上の不安要素の把握、である。
  旧鷹巣町では10年間(1992年度~2002年度)に渡り、ワーキング・グループ(以下W.G.)という住民参加の手法を通した官民共同作業の形で「福祉によるまちづくり」に取り組んだ結果、デンマークに最も近い町と高評を受けて全国から視察者が訪れるようになった。この視察者による経済的波及効果に着目し、商店街関係者からの要望もあり、福祉体制の充実を地域経済活性化に結びつけるべく、2001年に「福祉による町興し」政策を新たにスタートさせた。しかし、この政策効果が検証される前に、2003年春の町長選で地場産業の振興による地域経済の活性化と商店街の振興を主公約に掲げた候補者が町長に当選した。また、2009年4月の合併後2回目の市長選で医療をキーワードにした安心安全な地域づくりや農産業等の地場産業の振興を主公約に掲げて現新市長が当選した。これらの選挙結果から半分以上の有権者は地域再生のキーワードとして「福祉」以外のものを選んだとみられる。そこで、半数を超える町の有権者が福祉の充実に異議を唱えた理由とは何か、「福祉でまちおこし」は実現不可能なことなのかという疑問が生じた。その原因を検討するにあたり、2000年以降に国より打ち出された一連の税財政と社会保障関連の改革による影響は見逃せない。これらの改革は福祉政策推進上、自主財源が0.3台と少ない旧鷹巣町にとっては逆風になったと考えられる。それに加え、「当時の福祉推進行政と住民との間に『福祉による町興し』政策効果への実感に温度差が存在していた」を仮説に立てた。

2.研究の視点および方法

本仮説の検証に向けて2006年以降に3種類の調査票を設計し段階的に実施した。調査票A(60部配布;36部回収;回収率60%)と調査表B(同173部;120部;69%)はそれぞれ商店街関係者と福祉関係職員を対象に同年8月に実施した。福祉施設職員の日常品購入と外食の慣行分析により、彼等が「町内の商店街(大型スーパーを含まない)」を日常的に利用していないことがわかり、「福祉による町興し」に対して福祉推進行政と商店街関係者との間に温度差が存在することを明らかにできた。調査結果の詳細等は「アンケート調査の結果分析にみる秋田県旧鷹巣町の『福祉による町興し』政策の初歩的検証」を参照されたい(八戸工業大学紀要第28巻pp.275-293,2009年)。本稿では、生活者の一般住民を対象に2008年2月に実施したプリテストの分析結果・課題、今後の研究進捗予定について報告する。調査票の配布対象は旧鷹巣町の全7地区、7,575世帯(2007年11月30日付の現北秋田市の提供資料、空き屋、入院中または入所中の世帯を含む)である。

3.倫理的配慮

調査の実施にあたり住民の理解を深めるため、調査票を配布前、地元新聞社の取材を受けて本研究の主旨・調査の目的と概要を記事に掲載された。個人情報保護法に基づき、回答者のプライバシーの侵害に触れないよう、調査票の一頁目に個人情報の取り扱い方法および本研究の趣旨、本調査で取扱う全ての調査結果は研究目的以外に使用しないと明記した説明文を載せた。

4.研 究 結 果

回収率は10.9%(822部回収)である。主な調査結果をみると、「福祉による町興し」政策への一般住民の認識度は7割強と高いが、政策効果への実感が4割弱回答と薄く、福祉意識については「福祉は権利」、「福祉は産業」と過半数の回答者から肯定的な回答が寄せられ、本人の経済状況は5年前と比較して悪化したが7割強回答となり、生活上の不安要素と行政にすぐ解決してほしいことの1位に選ばれたのは「就職口の確保」、将来生活に不安を感じる回答者は9割強と高く、その理由の上位3位に挙げられたのは「物価の上昇」、「将来受け取る年金額の低下」、「社会保険料の更なる増額」である。また、6割強はW.G.を聞いたことがあり、その活動が町全体に良い影響を与えたと評価している。
  以上の回答結果から「福祉による町興し」政策効果に対し、当時の福祉推進行政と一般住民との間で温度差が存在したことが裏付けられている。政策効果への実感に個人差はあるものの、効果の実感が広く住民の間に認識されるまでには時間を要するということを強調したい。一方、長引く不況による地方経済の不振、それに伴う地元就職難の深刻化という厳しい状況により、住民は行政への最優先事項として従来の「福祉体制の充実」より「就職口の確保」を選んだという事が分析結果から伺える。生活者の住民にとっては、家計収入の増収難の最中に社会保険料等の負担増が重なるという構図の中、最優先課題が個人の生活基盤の維持、即ち経済基盤の確保に切り替わるのは当然のことである。それに加え、社会保障構造改革の実施に伴う国民の負担増が着実に住民の生活に影響を及ぼす上に、将来生活への不安感を強める要因にもなっている。さらに、三位一体の改革により、地方自治体はこれまで以上の工夫を凝らさなければ民生費にあてる財源の捻出は一層困難なこととなる。徹底した財源の地方分権が行われていない今日、こうした構図は、自主財源の少ない地方自治体の創意工夫や自助努力で対応可能な範疇を超えていると捉えるべきである。
  いくつかの先行研究では、旧鷹巣町で起きた福祉推進政権の敗退とそれによる町の福祉体制の後退が招かれた理由について民主主義の未成熟さの現れ、地元社会福祉協議会の機能不全、W.G.の手法によるまちづくりに問題点があるという分析が試みられた。これらの理由も一因として働いていた可能性はあろうが、そう単純に片付けられないことが本プリテストの分析結果を通して明らかになった。
  本研究は2008年度以降の4年間、文部科学研究費補助金(若手研究A「地域福祉の持続的推進のあり方と財源確保の方法論についての研究」)に移行し研究を深めることとする。

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