イギリスの貧困地域における若年無業者への支援
-若年無業者対策は就労問題か、福祉問題か-
聖カタリナ大学 岩満 賢次(会員番号4745)
キーワード: 《社会的に不利な若者》 《コネクションズ・サービス》 《地域福祉》
本研究の目的は、イギリスにおける貧困地域での若年無業者への支援を分析することにより、現代の若者の貧困の側面を理解し、若年無業者への地域福祉的な支援の必要性を明らかにするものである。
先進諸国内において、若者の貧困率が高いことが問題となっている。OECDの調査によると、各国における貧困に陥るリスクの特性が大きな転換を見せており、特に若者に向かっているとしている(OECD 2008;130)。わが国においても、1990年代以降、若者の社会的格差が拡大しており、2003年の「若者自立・挑戦プラン」以降、公的文書の中に若者の就労支援などが明記されるようになっている。また、厚生労働省は、2006年度から、地域のネットワークを活用して若者の職業的自立支援を行う「地域若者サポートステーション事業」を実施している。しかし、わが国の若者の問題が就労問題に陥ってしまっているのではないであろうか。とりわけ、無業者に陥っている本人の就労への意欲を取り上げる傾向が強く、本人を取り巻く生活環境や生育歴などにはあまり言及していない。
そこで本研究では、若年無業者への取り組みをわが国より先駆けて実施したイギリスに目を向け、若年無業者への取り組みがどのような視点を持っているのかを検討したい。
なお、本稿における若年無業者とは、イギリスで「NEET(Not in Employment, Education or Training)」と称されているものである。
本研究では、イギリスの若者に対する政策であるニューディール・フォー・ヤング・ピープル(New Deal for Young People、以下NDYPと略す)、コネクションズ・サービス(Connexions Services、以下コネクションズと略す)に着眼し、それが若者のどのような問題に視点をあてたサービスであるのかを検討する。
また、コネクションズを調査するにあたり、2008年9月にA地区のコネクションズにおいて、インタビュー調査を実施した。
本研究では、個別のケースを取り上げない。また、事例として挙げる地域については、A地区とする。
4.研 究 結 果1997年に開始されたNDYPは、18歳から24歳の求職者手当(Jobseekers' Allowance)を6カ月以上受けているものが対象となる就労支援に着眼した全国プログラムであった。NDYP開始後には、イギリス全体で見ると若年失業者は減少したとされているが、やはり貧困地域(deprived area)における若年失業者の問題は依然として解決されていない(MacDonald, R and Marsh, J, 2005;103-104頁)。その後、2000年には、コネクションズが開始され、13歳から18歳の若者を対象とした複合的な支援に発展している。
イギリス政府は、社会的排除対策局の報告書「格差是正;教育、雇用、訓練に就いていない16~18歳のための新たな機会」(1999)の中で、若者無業者に陥る主なリスクを、学童期における「教育上の未達成と教育からの離脱」及び「家庭の貧困やその他の諸問題」としている。また、副首相府の報告書「移行期;複雑なニーズを持つ若者」(2005)では、社会的に不利な若者には、10代の妊娠、養育期における福祉サービスの受給、犯罪、精神障害、薬物乱用、ホームレス状態などの諸問題が複雑に絡んでいるとしている。特に、このような問題は、貧困地域に集中しているとしている。
イギリス政府は、このような若者の社会的背景を捉えながら、コネクションズを展開している。コネクションズの目標は、若年無業者の減少であり、特に社会的に不利な若者には集中的な支援を行う仕組みになっている。A地区のコネクションズでは、給付、カウンセリング、雇用・教育・訓練、性的健康、精神保健、住宅、法的な問題、薬物・アルコールなどの依存、借金、発育、ボランティアなど多面的な相談に応じる仕組みになっている。
イギリスの若年無業者の対策がNDYPからコネクションズへ発展したことを考慮すると、就労支援のみではなく、地域福祉的な支援が重要視され出したと言える。コネクションズ開始以降、NDYPのような就労支援は、若年無業者の支援の主たるものから、その中の一部へと転換しているのである。
このように、生産年齢人口に入っている若者が地域福祉的な支援を必要とする背景には、若者の成人期への移行が、「ヨーヨー型」(du Bois-ReymondとLópez Blasco 2003;24)と呼ばれているように、かなり不安定であり、かつ複雑で、多様なものとなっているために、無業状態に陥っている若者は、多くの福祉的な課題を背負っているる。特に、貧困地域で生活しているような社会的に不利な若者にとっては、福祉的な課題は大きいと言える。
上記のことから、本研究では、貧困地域で生活している社会的に不利な若者が無業状態に陥る背景には貧困など福祉的な諸問題があることから、イギリスでは、若者に対して、就労に限定した政策から、地域福祉的な支援の政策へ転換されていることが明らかとなった。また、わが国においても、若年無業者に対する支援には、地域福祉的な支援が必要であることが示唆された。
<引用文献>
・ OECD, 2008, Growing Unequal? INCOME DISTRIBUTION AND POVERTY IN OECD COUNTRIES.
・ MacDonald, R and Marsh, J , 2005, Disconnected Youth? Growing Up in Britain's Poor Neighbourhoods, Palagrave.
・ Bois-Reymond, M and López Blasco, A, 2003, 'Yo-yo transitions and misleading trajectories: towards Integrated Transition Policies for young adults in Europe', pp19-41, in McNeish, W and Walther, A(eds), YOUNG PEOPLE AND CONTRADICTIONS OF INCLUSION, The POLICY PLESS.