自由研究発表地域福祉1  和 秀俊

男性退職者が地域の生活者となることの意味
-地域スポーツクラブを通して-

立教大学  和 秀俊(会員番号6441)
キーワード: 《男性退職者》 《地域の生活者》 《スポーツ》

1.研 究 目 的

近年、団塊世代の一斉退職をはじめとして会社退職者、特に男性退職者が急増しているが、これからの福祉のまちづくりや福祉コミュニティ形成には、彼らが現役時代に培ってきた技術や知識、ネットワークなども期待されている。しかし、会社人間として働いてきた彼らは、現役時代は家と会社の往復で家や地域のことは妻に任せたままでいたため、退職後はまちづくりどころか自分の居場所すらないのである(奥田1993,上野谷2006,齊藤2006,前田2006)。したがって、男性退職者、特に大都市圏郊外に住む彼らは、退職後の生活をどのように構築するかが必要であるが、家庭や家庭の外で退職後の生活を上手く構築できない男性退職者にとって、地域での生活が重要となってくるといえよう。
  このように、大都市圏郊外で生活する男性退職者が地域で生活できるようになるためには、「きっかけ」や「仕組み」づくりが必要となってくる。しかし、先行研究を検討すると、彼らが地域で生活する、つまり地域の生活者となるための「きっかけ」、「仕組み」づくりの研究はほとんどない。その中でも、高齢者や定年退職者が地域の生活者となることについて、先行研究に基づいた明確な定義はされていないことが、男性退職者が地域の生活者となる「きっかけ」や「仕組み」づくりにおいて、最も重要な課題であろう。つまり、政府や自治体の期待概念、当為概念ではなく、男性退職者が地域の生活者となることとはどういうことかが明確にならない限りは、彼らが地域の生活者となる現実的な、具体的な「きっかけ」や「仕組み」づくりもできないと思われる。
  そこで、本研究では、大都市圏郊外で生活する男性退職者の中でも、地域に溶け込み主体的に地域での生活を送ることができない会社人間であった多くの人たちが、地域の生活者となる「きっかけ」や「仕組み」づくりのために、男性退職者が地域の生活者となることの意味を明らかにすることを目的とする。

2.研究の視点および方法

まず男性退職者が地域の生活者となるのに有効であると思われる「きっかけ」と「仕組み」を先行研究と独自の調査によって検討する。そして、その結果から導き出された活動に参加している男性退職者を対象に調査を行い、その結果を質的な分析によって地域の生活者となるプロセスのメカニズムを解明する。その結果を考察することによって、男性退職者が地域の生活者となることの意味を明らかにしたい。

3.倫理的配慮

調査協力者は、アソシエーション型地域スポーツクラブに参加し、特にクラブ活動の運営に携わっている19名の男性退職者である。調査の倫理的配慮のため、調査の趣旨を説明し、クラブの運営委員会の承諾を得て、調査協力者に同意書に署名してもらい調査への協力を依頼した。

4.研 究 結 果

調査結果を修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによって分析すると、男性退職者が地域の生活者となるプロセスとは、【他者と一緒にスポーツによる健康づくりを通した地域への社会化プロセス】であった。
  そして、そのプロセスのメカニズムを解明した結果、男性退職者が、身近な地域社会において、自己目的的にスポーツによる健康づくりを始め、身体的コミュニケーションであるスポーツによって自己の心身の健康づくりを継続的に続けることによって、身体が他者に開かれていき(エクスターゼ)、他者と『「一緒に」という意識』が醸成され、多様な地域住民との『緩やかな「つながり」』を形成する。そして、彼らと一緒に自己の健康づくりとともに、地域高齢者の健康づくりという地域住民のニーズや地域における問題解決などの「役割期待」に取り組むために、《「配慮」した組織づくり》、《共有意識の地域づくり》へと身体を介した『無理のない気軽な「助け合い」』の関係を築くようになる。その中で、地域高齢者の健康づくりという新たな役割を獲得することにより、自らが地域における「社会的存在」であること(『地域で生活している感覚』)や〈生きがい〉を実感し、さらには、今住んでいるこの地域で老い衰えていくという『地域で老いる自覚』を持つようになり、地域住民と一緒に地域の生活者となるプロセスであった。
  また、上記のプロセスを経ることなく、彼らはスポーツに参加し没頭していくことによって、他者と一体となって溶け合っていく感覚(溶解体験)を持つようになり、『地域で生活している感覚』を持てることもある。さらに、このようなスポーツを通した〈心身の健康づくり〉の場は彼らの居場所となり、また地域における『自己存在の確認』の場、つまり、『地域で生活している感覚』を持てる場ともなっている。
  以上の結果から、男性退職者が地域の生活者となる意味とは、男性退職者が、身近な地域で多様な地域住民と緩やかな「つながり」と無理がない気軽な「助け合い」の関係を構築し、身近な地域で新たな役割を獲得することで地域における「社会的存在」として感じ、ウェルネスや〈生きがい〉、そして老い衰えていくことを実感しながら、地域社会で生活することである。これは、期待概念、当為概念としての「強い個人」ではなく、ごく普通の大多数の「弱い個人」である男性退職者が、地域の生活者となることを示している。

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