セクシュアル・ライツ(性的人格権)の法的価値と構造
十文字学園女子大学 片居木 英人(会員番号1716)
キーワード: 《基本的人権》 《セクシュアリティ》 《セクシュアル・ライツ》
第14回世界性科学会議において1999年に採択された「性の権利宣言」によると、「セクシュアル・ライツとは、あらゆる人間が生まれながらにして
有する自由、尊厳、平等に基づく普遍的人権である」とし、「全ての社会があらゆる手段を講じて以下のセクシュアル・ライツを認識し、推奨し、
尊重し、擁護しなければならない」としている。そして、以下のセクシュアル・ライツとして、①性的自由の権利、②性的身体の自律、完全性、
安全(暴力を受けない)の権利、③性的プライバシーの権利、④性的平等の権利、⑤性の喜びの権利、⑥情緒的性的表現の権利、⑦自由な性的関係を
つくる権利、⑧生殖の選択の権利、⑨科学的な性情報を得る権利、⑩セクシュアリティ教育を受ける権利、⑪性的健康に関するケアを受ける権利、を
その具体的内容として示す(東優子「『性同一性障害』とセクシュアル・ライツ」石原明/大島俊之編著『性同一性障害と法律-論説・資料・Q&A-』晃洋書房、
2001、123~124ページ)。
セクシュアリティに対する攻撃、セクシュアリティ理解の不確実性、多様なセクシュアリティに対する不寛容性が現存する
人間社会にあって、セクシュアル・ライツは、21世紀を貫く最重要の基本的人権として、また人類普遍の原理として確立・定着化されていく必要がある。
本報告は、改めて、セクシュアル・ライツの法的価値や権利構造を考察し、その基礎部分(基本的枠組み)を明らかにしていくものである。
セクシュアリティはその個人にとって固有の人格そのものであり、人格と切り離すことは決してできない。売買春問題に関しては「身体は売っても、
心は売らない」という心身二分論もきかれるが、しかし、実際には二分は不可能であるとし、そこから「性=人格」論が主張される。身体を売らざるを
得ない状況下でも人格はそこに存在し、人格は他者との関係では何らかの思考の(意思の)結果として表現される。その意味において「性=人格」論は成立する。
売春防止法が「売春は人としての尊厳を害し」とするのも、「性=人格」論に立脚するからである。しかし、「売買春は人格そのものの売買行為である」という言説は、
身体を売らざるを得ない状況下にある、または追い込まれたその個人にとっては、時として、抑圧的な作用を及ぼす危険性があり、全人格を否定されたように響いて
しまうことがある。「性=人格」論につながる人権派と呼ばれる立場に求められることは、身体を売らざるを得ない状況下にある、または追い込まれたその個人を
抑圧しないような原理を探求し、その理論を構築していくことにある。したがって、報告者は、セクシュアル・ライツを「性的人格権」としてとらえ、売買春問題のみならず、
「それぞれの状況下や環境の中にあって展開される今の自己のセクシュアリティ」、その人格そのものを包含でき得るような人権論を構想し定立していくべき、
と考えるのである。
セクシュアル・ライツを「性的人格権」とした上で、その定義を「人間の尊厳に由来する性的自由(共生、脅迫、恐怖からの自由)や性的自己決定
(自立、自律、自治への自由)を基本性質として、暴力性を排除していく自由権、オリエンテ-ション(性的指向)をふくむ性による差別的取扱いの撤廃をめざしていく平等権、
ジェンダ-に敏感になる視点からの積極的で多面的な施策を要求していく社会権、これらの要素を集合させたところの、セクシュアリティという人格価値についての、
個人にとって固有の具体的権利」として与えたいと考える。基本性質を性的自由と性的自己決定に求め、具体的には自由権、平等権、社会権という局面を展開し、
それらの展開局面は総合化され、つねに追求される個人のセクシュアリティという人格価値として存在し、固有の権利として承認される、という認識であり、
理解である。
日本社会福祉学会「研究倫理指針」、第2「指針内容」、A「引用」項目の遵守。
4.研 究 結 果上のように性的人格権を認識できれば、「セクシュアリティに対する暴力の防止・規制・対処」「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康/権利)の
増進・支援」「多様なセクシュアリティへの支持(性的平等への権利)」「セクシュアリティ教育の推進」といった社会的取り組みに対して、人権理論的根拠として
示すことができよう。なお、性的人格権は、普遍性、立場互換性、向人間安全保障性を指向する性質を有するものであり、この逆へと向かうような(その危険度や緊張・
危機を増長させていくような)決定の権利行使については慎重を要請し、社会国家的公共の観点から防止的(禁止的)施策・政策を進めるよう要求していく動態をもつ。
つまり、性的人格権は、権利に内在する制約(内在的制約)、また営業規制や経済活動の規制(政策的制約)を受けるのである。また、性的人格権の性的自己決定の
基本性質としても、危険度や緊張・危機を増長させていくような決定の権利行使を「外見的性的自己決定権論」として把握し、「本来的意味の(実質的な)性的自己決定権論」
とは別位相のものとして、理論的には峻別していく。セクシュアル・ライツ、すなわち性的人格権はこのような法的価値や権利構造(基本的枠組み)を有していると考えられる。
売買春問題から性暴力問題、さらに多様なセクシュアリティへの支持までを射程に入れられるような、また法的価値を含めた基本的な権利構造論から個別具体的な
セクシュアリティ問題に対応し得るような有効な理論展開が今後も求められている。