自由研究発表女性・ジェンダー2  堅田 香緒里

「売春(婦)」をめぐる/による言説に関する一考察
 -「主婦」と「売春婦」の分断に着目して-

埼玉県立大学 堅田 香緒里(会員番号5814)
キーワード: 《売春》 《聖娼二元論》 《フェミニズム》

1.研 究 目 的

福祉国家や福祉国家における諸政策、あるいはそれらが前提しているシティズンシップや家族モデルがジェンダー・ブラインドであることは、 既に多くのフェミニストの研究蓄積によって明らかにされてきた。近代的福祉国家は、男性稼得者/女性家事従事者モデルに依拠して設計され、 そうしたモデルを維持・強化する役割を果たしてきた、というのだ。今日こうしたフェミニストによる福祉国家への異議申し立ては広く受容され、 福祉国家をめぐる議論においてジェンダー視点を導入することは市民権を得つつある。
  例えばエスピン=アンデルセンは、福祉国家における 労働者(男)の解放の指標として脱商品化概念を提出したが、これに対してフェミニストは、主婦(女)の解放の指標として脱家族化概念を対置し、 福祉国家における男女の相対的な位置や解放への道筋の差異を明らかにしてきた。そこでは一般に、商品化されている男の解放は脱商品化を志向 するのに対し、家族化されている女の解放は脱家族化を志向するものと考えられてきた。しかしこうした文脈では、そもそも家族化されていない女 (「主婦ではない女」)や商品化されている女の問題は見落とされがちである。
  また、フェミニストによる福祉国家の制度分析においては、 「妻」カテゴリや「母」カテゴリに基づいて設計された諸制度について、批判的検討が豊かに展開されてきた(年金、児童手当、児童扶養手当等)。 これらは、家事労働やケア労働を担う市民としてのカテゴリ化であり、「主婦」を市民モデルとして想定しているといえよう(シングルマザーも ケア労働を担っているという意味では主婦である)。転じて「主婦ではない女」ないし「単身女性」は、一部の例外を除き、これまでほとんど 光を当てられてこなかった。
  以上を踏まえ本研究では、福祉国家のジェンダー分析が見落としてきた「単身女性」の問題を、とりわけ日本の 社会福祉政策やその周辺においてそれらがどのように扱われてきたのかに着目し、明らかにしてみたい。

2.研究の視点および方法

日本の社会福祉政策において唯一「単身女性」を扱っているのは、婦人保護事業である。その主要な対象が「売春婦」であるという事実は、 後述するように単なる偶然ではない。「売春婦」は家族化されていないだけではなく、商品化(性の商品化)されているという意味においても 「主婦」と鮮やかな対比をなす「単身女性」の代表なのである。
  したがって、本研究では、主婦と売春婦の関係に視座を置きつつ、 社会福祉学やその周辺において売春ないし売春婦がどのように捉えられてきたのかを、売春(婦)をめぐる言説(制度も含む)の再検討を通して 明らかにしたい。

3.倫理的配慮

本研究は文献研究であり、日本社会福祉学会が定める「研究倫理指針」を遵守する。

4.研 究 結 果

近代的福祉国家の二つの秩序―資本制と家父長制―は、労働者(男)と主婦(女)という二つの市民モデルの対(婚姻関係)によって支えられてきたと 言われるが、実際にはそれは名前のない「もう一人の女」によっても支えられてきた。それが売春婦である。かつてベーベルは『婦人論』(ベーベル1981) において、「結婚は市民的社会の性的生活の一面を表し、売春は他面を表す。結婚はメダルの表面であり、売春はその裏面である」と説いたが、まさに主婦は 売春婦と対になることで資本制的家父長制を支えてきたのである。
  ところが先述のように、従来のフェミニスト福祉政策研究においては、メダルの表に 光が当てられることはあっても、その裏に光が当てられることは一部の例外を除きあまり多くなかった。このことは、フェミニズムそれ自体が、女一般や主婦の 抑圧を問題化しつつ/を通して、売春婦の問題を不可視化/抑圧してきたことと関連している。また、主婦と売春婦、あるいは両者をめぐる言説は、しばしば 清純/淫乱、善/悪といった道徳規準によって分断/序列化されてもきた(聖娼二元論)。そこで本研究では、この分断や序列に視座を置き、社会福祉学や その周辺における売春をめぐる言説(制度も含む)を再検討した。
  従来の売春(婦)をめぐる言説は、およそ以下の二つに分けられる。 第一に、売春を資本制的家父長制(=男性総体による女性総体の支配)の極限形態すなわち性「奴隷制」であると捉え、売春婦を犠牲者化する立場である。 婦人保護事業等をめぐり豊富な実践・研究を蓄積してきた社会福祉学者らはこの立場にあると言ってよい。第二に、売春を資本制的家父長制下における、 ある程度合理的(時に積極的)な選択であると捉え、売春婦を「労働者」とみなす立場である。セックスワーカー当事者や当事者運動に寄り添ってきた社会学者の一部は、 この立場にあると言ってよい。これまで両者は二者択一的な対立関係にあるとされてきた。だが両者が生産的に交差することは全く不可能なのだろうか? また、とくに主婦の解放を志向してきたフェミニストにとって、売春の問題は両義的である。
  本研究では、一見対立するこれらの言説を再検討し、 両者の生産的な交差に向けた予備的考察を提供しようと試みている。こうした試みはまた、従来のフェミニスト福祉言説において不利益を被ってきた 「もうひとりの女」の生の解放を模索するものでもある。なお、研究結果の詳細については、当日報告予定である。

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