男性性と社会福祉
-社会福祉への男性学的視点の導入の試み-
四国学院大学 大山 治彦(会員番号3257)
キーワード: 《ジェンダー》 《男性性》 《男性》
本報告は、社会福祉における男性問題を読み解くために、ジェンダー研究の一環をなす男性学的視点を導入しようとする試みである。
ジェンダーの視点は、女性学やフェミニズム研究の研究者によって、すでに社会福祉の分野に導入され、大きな成果をあげている。
しかし、社会福祉に限らずジェンダー研究の多くは、主として女性に焦点をあて、女性問題の発見、解決を目指すものであった。
そこで、
本報告では、従来、社会福祉においてもあまり取り上げられることのなかった男性のジェンダー問題、すなわち男性問題を発見、
解決するために、男性性の分析に重きをおく男性学の視点を概括し、その上でその導入のあり方について論じたい。
本報告は主として文献研究に基づいている。
さて、男性学(men's studies)とは、男性や男性問題を研究するもので、現在の男性中心社会を
男性の視点から批判的にとらえ直そうとする実践的な学問のことである。フェミニズムや女性学の手法を男性に応用し、男性の男性としての
経験に基づく<男性の視点>から、男性の関わるジェンダー問題にアプローチしていくのである。
また、男性学は、フェミニズムや女性学の
インパクトを受けた男性たちのリアクションとして誕生したため、次のような特徴がある。まず、男性を人間一般とみなすのではなく、男性もまた
ジェンダー化された存在としてとらえる。すなわち、一般に男らしさといわれる男性性を期待され、それを実践するものとみなすのである。
また、男性学は、男性性に複数性を念頭におき、男女間および男性内の権力関係や利害関係にも敏感である。
ところで、男性のジェンダー問題である
男性問題は大きく二つに分けることができる。ひとつは、男性を加害者として位置づけるものである。「女性問題は男性問題」という言い方に象徴されるように、
女性問題を解決するためにはその障碍となっている男性こそ問題だとする視角である。女性学・フェミニズム研究は基本的にこの立場にたつ。
もうひとつは、男性の非抑圧性、すなわち、男性であるがゆえに被る男性性の抑圧をテーマ化する視角である。女性を差別し、抑圧するジェンダー構造は、実は
男性をも抑圧している。しかし、女性学・フェミニスト研究では、男性の受ける抑圧はどうしても周縁化されてしまう。この男性の非抑圧性に焦点をあてることに
男性学の独自性がある。
このように男性学は男性による女性学でも、女性の主張を男性が代弁するものでもない。しかし、それと同時に、フェミニズムや
女性学に対する男性からの反撃でもない。男性学の多くは、プロ・フェミニズムの立場をとる。すなわち、家父長制(patriarchy)とジェンダーの非対称性の
概念を受け入れ、あくまでジェンダー学の地平において展開される。
それゆえ男性学は、ジェンダー学において、女性学・フェミニスト研究と
<対等な両翼>ではありえない。それは女性問題と男性問題の関係でも同様である。男性問題は女性問題の性別を入れ替えただけの単純なものではない。
男性問題の分析、解決においては、家父長制とジェンダーの非対称性をつねに念頭におく必要があろう。
本研究の過程すべてにおいて、人権を尊重し、本学会の研究倫理指針に従うこととする。
4.研 究 結 果今後、社会福祉の領域に男性学的な視点を積極的に取り入れることを提案したい。それは、次の点から社会福祉の発展にとって有効であると
考えられるからである。
まず、①不可視化されている男性の福祉問題を明らかにすることができる。②男性の行為を男性性との関連で理解することで、
男性クライエントへの対応を改善することができる。すなわち、短期的には男性クライエントの男性性へのこだわりを尊重し、男性性を損なわないことで
接近を容易にし、その問題の同定や解決を早めることが期待される。また中長期的にはそのクライエントのエンパワメントの一環として、
その男性性の柔軟化を図るという方略を視野に入れることもできる。③男性もまたジェンダー化された特殊な存在とみる視角は、制度の構想などにおいて、
より性中立的な制度や、逆に男性ジェンダーに固有な問題に対応しうる制度の設計に道を開くであろう。④男性の受ける抑圧や悩みを扱い得る領域が存在することは、
フェミニズムや女性学に対する男性の反感を和らげることにもつながり、結果として、女性問題への解決に寄与すると思われる。
もちろん、これまでの
社会福祉の分野においても、男性をジェンダー化した存在としてとらえ、男性性を考慮にいれた分析が全くなかった訳ではない。しかし、それらは女性への差別・抑圧の
解決を念頭においたものであったり、それと気づかず男性のジェンダー性に言及したものであったりしたように思われる。男性学的な視点の利点を考えると、
今後は、意図的、自覚的に、それを導入することが望まれよう。
ところで、LGBTなどの性的少数者への認識がひろがり、クィア理論が台頭する今日、
性別二元制と異性愛を前提に、社会福祉を語ることができなくなりつつある。また、性的少数者への差別・抑圧につながる異性愛主義や同性愛嫌悪と男性性の間には
密接な関連がある。これらの論点については、問題の存在を認識した上で、今後の課題としたい。