介護が女性の労働市場参加に及ぼす影響に関する実証研究についての検討
-統計的な方法を中心に-
大阪大学 オヘウン(会員番号7312)
キーワード: 《介護》 《労働市場》 《内生性》
韓国における女性の労働市場への参加率は50.0%(2008年)である。この数字は OECD平均61.1%(2007年) には及ばないが、
韓国では合計特殊出生率(1.2)が低く、また高齢化が急速に進行していることを考えれば、労働力人口を確保するためにも、
女性の労働市場参加は高まっていくものと思われる。
韓国では、日本の介護保険に該当する長期療養保障制度を2008年10月に施行した。
しかし、同制度はまだ65歳以上人口の3~4%を対象とする初期段階であり、介護は家族、特に女性の負担となっている現実は
ほとんど変わっていない。
このような背景を受けて、韓国において女性の介護負担は就業にどのような影響を与えているかを
明らかにすることは急務である。報告者は韓国のデータを利用して、実証分析を試みているが、本発表では統計的手法に焦点を当てて、
関連する先行研究の検討を行う。
介護が労働市場の参加に及ぼす影響についての研究に対する検討は、米国、EU、イギリス、カナダ、スペイン、日本など、
すでに世界の各国で行われている。最も歴史が長いのは米国で、80年代に初めて、1990年代における人口の高齢化への関心を反映して、
この分野の研究が活発に行われた。近年ではヨーロッパの研究が増えている(Youngkyung, Do,2008)。
本発表では、これらの
先行研究に対する検討を参考にして、これまでに発表されている介護が労働市場に及ぼす影響についいての研究の中で、1)パネルデータの
分析による研究、および、2)統計的な考慮事項に十分な配慮が行われている研究を中心に整理、検討する。
パネルデータによる分析は、
横断データ(Cross section)が持つ限界を補完できる。横断データは、特定の調査時点で介護時間や就業時間を測定するため、介護が就業に
及ぼす影響力が明確に表れない可能性があり、また、サンプルの抽出によって結果が違うことになる可能性がある。その反面、
パネルデータによる分析は、長い時間に渡って介護時間、就業時間、介護時間や就業時間の変更量(増加、減少など)を把握するのが可能で、
介護時間の変化による就業の時間変化を推定することができる。
統計的な考慮事項への配慮も重要な視点である。このことは、
パネルデータによる分析研究にとどまらず、介護が労働市場参加に与える影響に関する研究全体で、よく検討されなくてはならない課題である。
代表的な統計的な考慮事項への配慮として、介護と就業の間の内生性(endogeneity)を認識、統制することがある。
本研究の研究目的、方法は 学会研究倫理指針に則って行う.特に先行研究を分析、検討することで引用する部分を明確に明示する。
4.研 究 結 果介護が女性の労働市場の参加に及ぼす影響力について実証分析を行うためには、データの中に、介護者の人的情報(年齢、性別、学歴、
介護者の就業情報(就業時間、雇用タイプ)等)、介護情報(介護時間等)、介護される高齢者の情報(健康状態等)という3つの情報が必要であるが、
これらの情報が揃ったデータは少ない。パネルデータとなれば、条件の揃ったデータはさらに少なくなる。
その中で、下記の研究は
これらの条件を満たしたデータを用いた分析研究といえる。
Wakabayashi & Donato(2005)は、アメリカのNational Survey of Families
and Households (1987‐1992) のデータを分析して、介護時間の増加は女性の就業時間、収入に不の効果があると報告する。Pavalko & Artis
(1997)はNational Longitudinal Survey of Mature Woman (1984-1987) のデータを分析して、女性は介護者になると、就業時間を減らしたり、
退職する傾向があると報告する。
Spiess & Shcneider(2003)は、European Community Household Panel Survey(1994-1996)のデータを
分析した結果、介護時間の変化は就業時間の調整に影響するが、北ヨーロッパと西ヨーロッパで状況が異なることを報告する。
次に、
統計的な考慮事項への配慮の問題である。特に、介護が女性の労働市場参加に及ぼす影響に関する研究において、内生性(endoginiety)
問題が指摘される。内生性とは、説明したい説明変数がモデル内部で決定しまうことを指し、統計的に表現すると独立変数と残差項(error term)の
間に相関関係があるということである。
介護が労働市場参加に及ぼす影響を推定するのが分析の目的であるにもかかわらず、
介護自体が推定式の中の他の変数で決定されてしまう。この問題が発生する要因として、介護と労働市場への参加が同時に決定される可能性、
失業と関連がある可能性、介護時間に対する測定エラーなどが指摘される。解決策として、道具的変数(instrumental variable)の利用が
考えられる。
韓国の場合、介護が労働市場参加への与える影響をみると、内生性の問題は小さいと考えられる。韓国では介護の役割は、
性別、出生順位によって決まることが多いからである。
今回明らかとなった先行研究によるデータ分析の手順、結果、統計的な考慮事項への
配慮の視点は、今後計画している韓国のケースでの分析に大きな参考になる。