DV被害者が暴力関係から「脱却」するプロセスに作用する促進要因について
-当事者6名のインタビュー調査から 離別の決意に焦点づけて-
○ 大阪府立大学大学院
人間社会学研究科社会福祉学専攻博士前期課程 増井 香名子(会員番号7166)
大阪府立大学人間社会学部 山中 京子(会員番号4129)
キーワード: 《DV被害者》 《離別の決意》 《促進要因》
我が国におけるDV被害相談数は一貫して増加傾向にある。また、夫婦間の殺人事件やDV家庭における児童虐待も後をたたない。
被害者が、暴力関係から「脱却」することはたやすいことではなく、その支援も困難であると言われている。
しかし、一方で激しい暴力関係から逃れ暴力のない生活を現に獲得した被害者が存在する。
DVの多様な暴力と被害の諸相は国内外の
研究や調査などによりある程度明らかにされてきた。しかし、被害者がその激しい暴力関係から自ら「脱却」し、暴力のない生活を獲得していく
プロセスに関する実証研究は決して多いとは言えない。本研究は、今後の支援の在り方の議論に資するため、被害者が暴力関係から「脱却」する
プロセスに作用する促進要因について明らかにすることを目的として実施された。なお、本報告では、暴力関係からの「脱却」プロセスのうち
被害者が暴力関係からの離別を決意するに至ったプロセスについて焦点づけ、そこに作用した促進要因の分析結果を中心に報告する。
過去にDV被害経験を有し、すでに加害者とは離別して、新しい生活を始めている6名の女性を対象に半構造化インタビューを実施した。 インタビュー調査実施期間は、平成19年12月?平成21年4月である。インタビュー調査は、一回約90分から120分であり、必要に応じて、一人2回実施した。 インタビュー調査では、パートナーと生活していたころの状況、パートナーの元から逃れるなど暴力関係から「脱却」し、現在の生活に至った プロセスにおける自分自身の変化、周囲との関わりの経験などについて聞き取った。なお、調査実施にあたり、事前にインタビューガイドを作成した。 調査内容は調査協力者の許可を得てICレコーダーに録音し、逐語録を作成した。それらの文章データを、修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを 用いて分析した。
3.倫理的配慮本調査は、日本社会福祉学会研究倫理指針に基づき、実施した。調査実施、分析、公表過程における具体的な倫理的配慮について以下に示す。 調査協力者には、事前に調査について口頭及び文書にて十分に説明を行い、調査協力への同意を得た。 調査が被害経験の想起を伴うことから調査協力者の心身の負担に十分配慮し、調査を実施した。 了解が得られた協力者の調査内容は、ICレコーダーで録音した。ICレコーダーから文字データへの変換に際して、個人情報(個人名、場所など)は すべて匿名化し、文字データへの変換後、録音データはすべて消去した。分析および調査結果の公表過程において、発言内容によって、 個人が特定されないよう十二分に配慮し、研究協力によって協力者の安全が脅かされることがないように最大限の注意をはらった。 なお、調査データ及び記録や同意書等の管理については、鍵付きのロッカーに保管するなど取扱いに十二分の注意をはらった。
4.研 究 結 果調査協力者の基本属性などについて簡略に示す。年齢は、30代2名、40代3名、60代1名であった。パートナーとの同居期間は6ケ月~16年であり、
法的な婚姻関係にあった者は5名、内縁関係が1名であった。いずれの被害者も身体的暴力を受けた経験を有しており、DV防止法による保護命令の
申し立ては、申し立てあり3名、申し立てなし3名であった。また、子どもの有無は、あり3名 なし3名であった。
生成した〈カテゴリー〉
及び〔概念〕をもちいて以下に分析結果を提示する。
被害者はパートナーとの生活のなかで、〔エスカレートする暴力による限界感〕、
〔自己喪失恐怖による限界感〕、〔パートナー存在としての限界幻滅感〕、〔心身症状の噴出〕それら〈事象の重なりによる底打ち感〉を繰り返し
蓄積していくが、パートナーとの離別を現実的選択肢として認識していないもしくは出来ない状況のなかで〈限界を押し広げながらの生活〉が
継続していた。最終的な決意は、すでに底打ち感を深めていた被害者に、〈引き金事象〉が必然的とも偶発的ともいえる形で起こることで
もたらされ、それにより被害者は、劇的に離別の決意へと意識を明確化するという〔目覚めの瞬間〕を経験することになる。
このように最終的な離別の決意は、限界のさらに限界を超えたという〈底突き実感〉により導かれているといえる。
被害者は、〈底突き実感〉を
経験する前段階において、〔自己の状況を投影・客観視する出来事や情報〕に出会い、〔他者からの背中押しメッセージ〕を受け取っている。
また、その前後において、〔スピリチュアルな存在からの背中押され・守られ感〕や〔決別に向けた内発的パワー〕を感じとっている。
それらが複合した形で作用し、〈背中押しメッセージ〉として離別の決意の促進要因となっている。また、そのプロセスを下支えするとともに、
〈背中押しメッセージ〉をも生み出したものとして、〔他者との健康的関係〕が少なからず保持されていたことや〔生育歴で得た肯定的自己感情〕、
〔残り続けた暴力の違和感〕に過酷な状況の中においてもアクセスしたことなど〈生き続けた自己〉が存在していたことが大きい。それらが相互に作用し、
離別の決意を導いた〈パワーの源泉〉となっている。