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「社会福祉を支える新たなシステムの構築」

日本社会福祉学会会長 古川 孝順

2008年秋のアメリカのサブプライムローンの破綻に端を発した世界金融恐慌は短期間のうちに諸国の実体経済に波及した。わが国の経済も一瞬にして世界的不況の波に飲み込まれ、いまだに出口をみいだしえないという状況にある。90年代以来の規制緩和、市場原理主義化、グローバリゼーションのなかで進行しつつあったわが国の非正規雇用問題に象徴されるような雇用不安定化の傾向は一挙に加速され、格差と不平等、そして貧困が社会を席巻している。若年層に限らず、非正規雇用に頼ってきた夥しい数の人びとが仕事と住宅を同時に喪失し、路頭に迷う状態に追い込まれている。

昨年末このかた、麻生内閣は「安心社会」の実現を掲げ、各種の対策を講じてきた。しかし、5月段階における有効求人倍率は0.44というレベルに低迷し、失業率は5.2パーセントに上昇している。失業率は実質では9パーセントに達しているともいわれている。政府の努力にも関わらず、後手に回る対策は弥縫的で体系性に欠け、わが国社会の格差、不平等、貧困は一向に改善される見込みがない。

そうしたなかで日本社会福祉学会の今次第57回大会は「社会福祉における『公共』性を問う」を統一テーマに法政大学を会場に開催される。まずは、逼迫した社会状況のなかで大会開催のために尽力された杉村宏大会委員長をはじめとする法政大学の会員諸氏に感謝の意を表するとともに、今次大会が大きな成果をもたらすことを祈念したいと思う。

さて、わが国において旧生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法からなる福祉三法体制が成立したのは昭和24年、1949年のことであった。60年の以前である。この時期から80年代にいたる戦後社会福祉体制のもとにおいて、わが国は公私分離と国家責任を内容とする公的責任の原則をいかに実現するかが問われてきた。社会福祉にたいする国(政府)や行政の責任を明確化し、その範囲を拡大すること、そのことがそのまま社会福祉の充実、発展を意味するものと理解されてきた。この傾向は、わが国においては、70年代初等の福祉国家体制の成立によってピークに達する。

周知のように、それ以後になると、社会福祉における国や行政の責任や役割を強調する議論は徐々に後退し、それにかわって自助、共助(互助)、さらには民営(市場)セクターの役割を重視する論調が影響力を増すことになる。戦後冷戦構造が終焉した90年代になると、社会福祉における国、行政の責任や役割は、戦後改革の時代とは逆に、むしろ縮小されるべきものに転化し、規制緩和、市場原理主義、グローバリゼーションが社会福祉のありようを方向づけ、規整する第一原理となる。

わが国において、そして社会福祉の世界において、新しい公共、あるいは「新たなる公共」という言葉が影響力をもちはじめるのはこの時期あたりからであったように記憶する。この新しい公共という言葉には、二つの期待が託されていたように思う。その一つは、新しい公共が国や行政に変わるべきものになりうるのではないかという期待である。戦後改革以来、人びとは国や行政に多大の期待をかけてきた。しかし、国や行政はその期待に応えなかったばかりか、時に人びとの安心や安全を損ない、自由や平等を制約してきた。新しい公共は、そのような国や行政にかわるものとして期待された。いま一つの期待は、規制緩和、市場原理主義に対抗する原理になりうるのではないという期待である。国や行政でもなければ、市場原理主義でもない、第三の道を開拓する原理になりうるのではないか、という期待である。

新しい公共という言葉は社会福祉のこれからを構想するとき一定の妥当性と有効性をもっている。かつてのように社会福祉の将来を国や行政に期待することはできない。さりとて、営利の追求を行動原理とする民営セクターに全幅の信頼を与えるわけにはいかない。そう考えるとき、国や行政はもとより、民営セクターもそのうちに含め、民営セクターやボランタリーセクターなどの多様な主体が参画し、私的な利害、個別的な利害を超えたところで議論をたたかわせ、一定の解決策(=公共の利益)を模索する場、合意形成の手続き、方策の送出と運営管理が求められる。新しい公共という構想は、そのような期待に対応しうる可能性をもつものとして登場してきたといってよい。

このような新しい公共は、市町村や地域社会という概念と親和性をもっている。また、「ガバナンス」という概念とも親和性をもっている。新しい公共は、市町村や地域社会に限らず、都道府県、国、国際社会など、いずれのレベルにおいても成立しうる。しかし、多様な主体の参加による、合意の形成や課題解決方策の創出、運営管理ということを考えると、その過程や成果がビジブルになりやすい市町村や地域社会こそふさわしいように思われる。かつてガバナンスという言葉は国や行政による人びとの統治という意味でもちいられてきた。こんにちでは、それは国や行政を含め、多様な主体がみずからの共有する課題について主体的に討議し、課題解決の方策を求め、運営管理しようとする姿勢、能力、過程、そうじていえば態勢を意味してもちいられている。そのような文脈でいえば、新しい公共とガバナンスは表裏の関係にあるといえそうである。

近年、新しい公共には社会福祉を支えるシステムとしての期待が高まるばかりである。しかし、「公共」ないし「公共性」はオールマイティではないし、つねに社会福祉と親和的な関係にあるわけではない。公共にもマジョリティとマイノリティがある。同じように公共という言葉をもちいながらも、一部の特徴的な属性をもつ人びと=少数者によって主張される公共の利益はしばしばマジョリティを構成する人びとの求める公共の利益と衝突し、時に撤回を求められ、排除される。こうしたマイノリティの主張する公共性は「対抗的公共性」とよばれることがある。場という文脈でいえば「対抗的公共圏」である。

新しい公共をこれからの社会福祉を支える重要なシステムとして位置づけようとする言説は多数の賛同者をえている。しかし、公共や公共性におけるマジョリテイとマイノリティという文脈でいえば、社会福祉を支える公共や公共性は、わが国の社会においてマジョリティを構成する公共や公共性に関わる言説のなかではマイノリティとして扱われることが多い。逆に、社会福祉のなかではホームレス、DV被害者、母子家族、外国籍労働者などの少数者集団によって構成される公共圏はマイノリティとして扱われている。

今次大会の統一テーマは、社会福祉にける公共や公共性のもつ効用を強調しつつ、同時にその意義やありようについての複眼的、多面的な考察を求めているように思われる。

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